狐鬼 第一章
何処迄も何処迄も続く、石階を上る
逃れようのない太陽に照らされ滝に打たれたような汗が噴き出す
俯き止まる事無く、すずめは石階を黙黙と上る
抱える旅行用鞄の重みで両腕が痺れるが如何しようもない
石階に色濃く伸びる自分の影を見詰めながら頂上を目指すのみだ
其処が目的地だ
軽い脱水症状を自覚する眩暈にふらつきながらも
漸く、石階の頂上が見えたと思った瞬間
すずめは目の前の光景に唖然とする
入道雲の如く、生い茂る巨大な森を仰ぎ見る彼女は
ゆっくりと其の場にへたり込む
「え?っと、たかの家、何処?」
嘆息と共に吐き出すも無論、返事はない
すずめは泣きたい気持ちを何とか抑え
取り合えず別れの際、彼が手渡し呉れた地図を取り出し確認する
確かに石階の下の番地は合ってた筈
電柱に付いている街区表示板を確認したから間違いない
間違いないが
若しかしたら何か見落としや勘違いが発生したのかも知れない
そうして舐めるように眺めた結果、気が付いた
地図の端っこ、彼の流麗な文字で「此処からは一本道」と記してある
再度、彼女は目の前の巨大な森を見遣る
生い茂る正面から視線を動かした隅の方に
人工的に枝を避けた出入口らしき窪みを発見した
旅行用鞄を支えに立ち上がる、恐る恐る近付き其の窪みを覗き込む
あ!
如何やら「一本道」は森の奥へと続くらしい
彼に会う為には此の森を抜けなければいけないのか?否、抜けられるのか?
抑、抜けた所で其処が目的地なのか如何なのか怪しい
そう思う彼女は中中、森の中に入る事が出来ない
大の虫嫌いも躊躇する理由だ
森の中は縦横無尽に生い茂る木木が夏の陽射しは悉く遮り、薄暗い
すずめは息を呑むも何とか深呼吸する
私は、たかに会って此の気持ちを伝えたいんだ
力強く頷き意を決して森の中へと足を踏み込む
一瞬、目の前が暗転する
「ひぃ!」
心做しか寒い
ひんやりした森の空気に身震いするも
ぼやける視界の中、慎重に歩みを進めて行く
靴底越しに伝わる
落ち葉や小枝を踏む感覚に虫の存在を感じずにはいられない
「虫は無視、だ」
存在するか如何かも分からない森の出口を求めて
一心不乱に突き進む彼女は此の森の異変に気付いていなかった
木木の間を擦り抜け羽休めに留まる鳥達の囀りは疎か
夏の定番である蝉の大合唱すら湧かない
静寂(しじま)を纏う、森