狐鬼 第一章
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真っ白な入道雲に茹だる夏の午後、遠く蝉時雨が耳を打つ
平屋造りの古びた瓦屋敷の外縁を行く、着物姿の少女が
ふと、歩を止める
手入れの行き届いた日本庭園
踵を返す少女の足元で池の鯉が水飛沫と共に跳ぶ
煌煌光る幾つもの玉の中、少女は在る一点だけを凝視している
肩に掛かる黒紅色の髪がするりと流れた
「此れは夢?」
灯篭の傍らに佇み微笑む、一人の少年
自分と変わらない歳だ
夢?、と尋ねたのは目に映る少年の姿形が異形だからだ
日陰等望めない、夏の陽射しが降り注ぐ庭園に
佇む少年の足元は疎か、其の背後にも黒い煙のような闇が出来ている
異様な黒い煙は巻き取るように辺りの景色を塗り潰しながら
時折、意思あるモノのように少年に寄り添う
「夢なら、いい?」
小首を傾げ
軽い口調で問い返すも少女には答える気がない
仕方ない
先に進む事にしよう
「君は僕のモノになるんだよ」
其の手の平を差し出す少年を少女はじっと見詰める
見詰める少年の剥き出しの額に、其処には穴が在る
盛り上がるように存在する其の穴は少女の目の前で瞬きした
眼だ
気付いた少女の視線を受けて、ぎょろりと動く眼球が恰も笑ったように瞼を細める
だが、動じる気配のない少女にとっては見慣れた類なのか
「私が、お前のモノ?」
少年を睨み付けたまま、臆する事無く吐き捨てる
「化け物が!」
不意に少年が笑い出す
「あは」
「あはは」
可笑しくて堪らないのか、中中、笑いが治まらない
そうして思う存分、笑ったのか
其の唇を吊り上げ、言う
「僕が化け物なら君も同類、化け物だよ」
少女の顔が強張り、其の頬が怒りで紅潮するも
少年はお構いなしに続けた
「化け物は化け物同士、お似合いだよ」