狐鬼 第一章
逃げ回っていても埒が明かない
先を行く
白狐が木木に足を掛け、飛ぶように森の中を駆け抜ける
高速回転しながら突進する黒煙が立ちはだかる木木を薙ぎ倒す
開けた視界を黒い閃光弾が悠悠、其の姿を追う
足を着く大木を垂直に駆け上がる白狐が
天辺迄突き抜け上空高く、跳ねる
黒い閃光弾も同様
木の枝を削ぎながら螺旋状に這い上がり、白狐を追撃する
黒煙は出遅れた
大木に激突した、其の身体が散り散りになる
「 うっけっけー 」
思わず笑う、額の第三眼を余所に彼は上空を見据える
生憎、自分には空を飛ぶ事は出来ない
半身を翻す白狐が顎を外す勢いで其の口を開けた
瞬間、一直線に発射された青白い閃光弾が黒い閃光弾と搗ち合う
一帯を照らす、砕け散る二つの光弾
残光の破片が鋭い刃の如く、夜空を切り裂き地上に降り注ぐ
彼が其の身を庇う
黒い破片は木木を焼き、青白い破片は彼の身体を焼く
「 いやいやー おれー 」
「 おれ 庇ってよー 」
額の第三眼の悲鳴を聞いて
彼は「ああ」と呟いて、破片を避け森の奥へと逃げる
そうして視界の端で捉えた、白狐の姿
黒い破片に身を焼かれながら白毛の狐が森の中へと降下する
青白い破片を物ともしない
黒煙の体当たりに態勢を崩したようだった
舌舐りする彼がゆっくりと立ち止まる、次の瞬間
屋敷の方角、幾条もの光の柱が夜空を貫く
何事かと振り返ったが、最後
直視出来ない光柱が放つ筋光に顔面を覆い、仰け反る
「 ぎゃいやあああああああ あああ あ あ 」
耳を劈く、断末魔の叫びに
状況が理解出来ないまま、其の名前を呼ぶ
「阿煙!」
額の第三眼も自分の眼も幾らかの衝撃を受けた
覚束ない足取りで屋敷を目指す、其の先を白い影が過ぎる
「、っち」
下唇を噛み締める彼が後に続く
如何する事も出来ない焦燥に何時しか背後で控える
黒煙事、吽煙に聞かせる
「呼ぶ迄、来るな」
嫌な予感しかしない
彼に従う、漆黒の森に溶け込む黒煙を振り返る
「良い子だね」
白狐は其の身を躍らせ瓦礫に埋もれる、座敷へと滑り込む
「ひばり!」
巫女の名前を呼ぶ
視界に飛び込んで来た光景に当然の如く、息を呑む
未だ、虚空を見詰め座り込む少女
傍らには血の気のない顔で横たわる彼女の姿があった
何故?
思うより先、彼女の安否に駆け寄ろうとする
黒い破片で燻る前足を一歩、踏み出した刹那
白狐は鼻先を上空へと向けた
空間を黒い閃光弾が抜ける
「流石、神狐」
隙を突いた一撃を躱されるとは思わなかった
漆黒の森から姿を現す彼が言い捨てる
「動かないで」
「自棄糞でお前を殺してしまうかも」
今の、手加減無しの一撃で理解出来る
彼は本気だ
唇を吊り上げる、其の黒目勝ちの眼が据わっていた
額の第三眼は先程の閃光の影響なのか
痙攣する瞼に抵抗出来ず、一撃後は眼を閉じている
其れでも従うしかない
何年だ?
何十年か?
其れとも何百年か?
条件に合う神狐を見付ける迄、何年待っていた?
心情的には「お前」と名指ししても
論理的には「巫女」と「彼女」が正当だ
腹癒せの一撃を避けた白狐に彼は心底、感謝する
其の足で瓦礫を払い、座敷に上がる
ゆっくりと膝を突く、横たわる彼女の顔を覗き込む
「すずめ」
穏やかな口調とは裏腹
荒荒しく、彼女の髪を掴み取るや否や一気に引き上げる