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狐鬼 第一章

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此の隙に果たして
逃げ切れるのかは分からない

だが、何モノの気配すら感じなくなった
今、遣らなけらば何時遣るのか?

彼女は恐る恐る、足音を潜めつつ壁の表側に回る
案の定、少女一人残して誰も彼も「狐狩り」に出張ったらしい

当然だ、自分達以外
他の誰かの存在等、疑う必要もない

座敷に駆け上がる彼女が素早く少女の腕を取り、自分の肩へと掛ける
其の脇腹を抱え上げ、立たせた

「立って!、そして歩く!」

耳元で活を入れる
彼女の声に少女は足を引き摺りながらも辛うじて歩き出す

人形だろうが
操り人形だろうが、少女は巫女だ

「其の調子!」

巫女がいる場所は此処じゃない
巫女がいる場所はあの神聖な舞台の上で白狐の傍らだ

ぎこちなく、其れでも前へ前へと歩を進める少女が
何とか顔を傾け、彼女の横顔を覗き込む

「あり、が、」

彼の言う、隙魔とやらの存在が薄れてきたのか

微かに光が宿る、少女の目を見詰め頷く彼女の頭上に
あの、嗄れた高い声が響く

「 離れ屋の娘 」

「 此処で 」

「 此処で何をしている? 」

覆い被さるように広がる黒煙を見上げ、彼女は息を呑む

如何やら「狐狩り」に出張ったのは片割れだけで
もう一方の片割れは少女を見張っていたようだ

白狐の言う通り
黒煙の塊が一つなのか、二つなのか全く分からない

「嫌、来ないで!」

大袈裟に声を上げる彼女が少女の身体を畳の上に放り出す

黒煙の標的は自分だ
そう理解した彼女は出来るだけ少女の側を離れようとする

逃げ切れなくとも、其の身を隠す事は出来るかも知れない

「 娘 待て 」

背後で嗄れた高い声がしたのも束の間
造作無く、目の前に立ち塞がる黒煙に彼女は儘ならない

丸で蛇に睨まれた、蛙だ

実際は頭も尻尾もない、巨大な蚯蚓擬きだが
徐徐に色濃く、実体化していく黒煙が彼女の身体を巻き上げる

息が、出来ない

思うと同時に全身の力が抜けていく

宙に浮く、彼女の足が大きく左右に振られた瞬間
其の身体は畳の上に叩き付けられる

為す術も無く、彼女の肋骨が悲鳴上げた

舞い上がる土埃の中
倒れ伏す彼女が苦痛に顔を歪める

「 何処から 」

「 何処から喰らってやろうか 」

「 離れ屋の娘め 」

彼女目掛け、身を屈める黒煙
頭頂部分が窪む、其の奥には何層にも重なる牙が連なる

宛ら、鮫の歯だ

薄っすら開く視界で捉えた其れを見て
彼女は何とか立ち上がろうとするも痛みに力が入らない

あばら、折れた?

尚も必死に畳に手を突く、其の手に触れる温もりがあった

「化け、モノが」

耳元で響く声は確かに、少女の声だ
少女は彼女の危機に其の身を引き摺り、這って来たのだ

辿り着き、彼女の手に手を重ねる

少女には巫女としての、直感があった
彼女の身体を庇うように被さる少女が黒煙目掛け、吐き捨てる

「逝(い)ね」

作品名:狐鬼 第一章 作家名:七星瓢虫