狐鬼 第一章
藍白色の、着流しの裾が舞う
円を描き、靡く白髪が彼女の頬を撫でる
一瞬で天と地が引っ繰り返る中
彼女には何が起きたか理解する間もなかった
唯、身を潜めていた生け垣が
見れば跡形もなく消えて、薄細い白煙が立ち昇る
其処から大分、離れた鯉池に架かる橋の欄干
彼女を抱き抱える人物が音もなく着地したと同時に
翡翠色の眼が少年を射抜く
「何?」
白狐の眼線を平然と受け流す、彼の声は長閑だ
「何か言いたい事でもあるの?」
人化で対峙する白狐は沈黙で返す
云いたい事は山程、ある
だが、何れも言葉にして良いものなのか、此の娘の前では悩む
そうして自らの腕に抱える、彼女に眼線を落とす
藍白色の着流しの衿を掴む手が震える
彼女は此の状況を何とか理解しようとするも無理だった
身に纏う、漆闇を手の平で触れながら
ゆったりと微笑む彼が再度、白狐に問い掛ける
「何故、助けたの?」
逆に訊ねたい
此の娘はお前が身を挺して俺から守ったのではないのか?
直球過ぎる問いに白狐は若干、翡翠色の眼を丸くするも
矢張り、云いたい事は云えない
身動ぎもせず、マジマジと自分を見詰める
白狐の、間の抜けた様子に耐え切れなくなったのか
「あは」
「あはは」
途端、声を上げて笑う出す
月夜に響き渡る、燥いだ笑い声は白狐を逆撫でする
だが、彼女を抱えたままでは如何する事も出来ない
軈て、思う存分
笑った彼は彼女の出現で気が削がれたのか
一つ、咳払いをすると
人形のように外縁に座込む少女の元へと引き返す
「兎に角、巫女が恋しいなら大人しく僕に従うしかないんだよ」
巫女を抱き抱え、自分の肩越しに白狐を振り返る
着流し姿を篤と眺めながら、徐に形の良い唇を笑みで歪めた
「其の格好、僕は嫌いじゃないよ」
着物に時代も錯誤もないが
着物男子が変人扱いされる現代社会に変わりはない
抑、神狐に当て嵌まるかは疑問だが
藍白色の着流しに身を包む白狐が
尚も微笑み続ける彼に気疎さを感じ、其の肩眉を吊り上げるも
案の定、彼は目を伏せただけで背後に広がる漆黒の闇と共に消えた
刹那、額の第三眼が三日月の如く眼を細める
小馬鹿感満載の、其の眼差しに白狐は盛大な舌打ちを噛ます