狐鬼 第一章
厳かに祭りは進行して行く
だが、巫女である少女は知っていた
今宵の祭りが、何時もの祭りとは違う事を知っていた
招かれざる客がいる
犇犇と感じる強大な能力に少女は眉根を顰めるも
堪え切れず其の片腕を舞台床に突いた瞬間、背後の白狐が哮る
人人が提げる、手燭灯に灯る狐火を散らす
彼の持つ、角灯の四面の硝子が割れる程の怒涛の咆哮
周囲の空気が振動する
境内の木木が激しく揺れ、葉擦れ所の騒ぎじゃない
当然、誰も彼もが前屈みに両耳を押さえる
だが、招かれざる客だけは例外だ
招かれざる客だけは、此の状況を楽しんでいる
望んだモノが目の前に、在る
絶える事無く雄叫びを上げ続け牙を剥く、白狐が大きく身を乗り出す
「駄目、駄目!」
立ち上がる少女が制止するも最早、白狐の耳には届かない
代わりに白狐の声が少女の耳に届く
「ひばりを苛める奴は、許さない」
途端、身体を丸める白狐が車輪の如く回転し始める
巻き起こる旋風に剥がれた、天井付近の垂れ幕が
巨大な蝙蝠のように夜空に羽撃いて行く
吹き飛ぶ篝火台が人人の頭上に、其の破片を撒き散らす
思わず顔を背ける少女の目に舞台床が彼方此方、剥がれるのが見えた
騒然たる人人が我先にと出入口である
山門に押し寄せた結果、境内は阿鼻叫喚の地獄絵図と成り代わる
先程迄の厳粛な雰囲気は何処に?!
祭りの豹変に
彼女は愕然とするも押し寄せる人波を前に、彼の腕にしがみ付く
応えるように彼の腕が彼女の肩を抱く
此処は安心だ
そう思う、彼女の気持ちが通じたのか
人波は二人の両脇を掠めながら出口である、山門を畝り抜ける
此処だけは安心だ
そう思ったのも束の間
回転する白狐が舞台上で軽く弾むと、人人の海原へと突進した
逃げ惑う
必死で地面に伏す、人人
そうして彼女は唖然とする
紅海が割れる十戒の如く
猪突猛進する白狐に割れる人人の道に自分達がいる事に気が付いた
だが、気が付いた所で自分に動けない
辛うじて立っていられるのは
彼にしがみ付き、彼が支えてくれているからだ
彼は
彼は動けるだろうか
動けるのなら、彼だけでも逃げられるのではないだろうか
彼の腕にしがみ付く、自分の手を引き剥がす
恐怖で震えるし緊張で力んでるしで手子摺る何とか引き剥がす
だが、彼は引き寄せた
離れようとする彼女の肩を抱く彼の腕が、力強く引き寄せた
瞬時、迫り来る白狐を前にすずめは固く目を閉じる