狐鬼 第一章
煌煌しい満月の下
神神しい鳥居を前に、すずめは立ち尽くす
見上げる鳥居には注連縄が張られ
下げた紙垂が夜風に揺れた
鳥居中央に扁額が掲出してある
「いね、?」
微かに確認出来た扁額の文字を口にする彼女に
燃え盛る篝火台を見止め、角灯の灯を消す彼が頷いた
「そう、朱い鳥居は稲荷神社」
「あか、?」
仰ぐ薄闇の空では色までは分からなかった
目の前の篝火に照らされる鳥居の支柱を眺め、確認する
「お稲荷様だよ」
「おいなりさま、?」
月明かりの下、彼の黒目勝ちの目が鳥居を見遣る
「稲荷神社には、お稲荷様に仕える狐がいるんだ」
「神の眷属が神の代わりに人間の為に古今東西、馳走した結果」
「社を得、神に成り代わる」
そして、ゆっくりと鴫居を跨ぐと静かに微笑んだ
「狐の神様、神狐(シンコ)様だよ」
影絵のような木木が続く、石畳の参道を二人は離れて進む
然程、広くはない参道の正中は神の道
左右の端を通るのが正式な歩き方だよ、と彼がすずめに囁く
参道脇の灯篭の炎がちらちら、揺れる
途端、木木の隙間から不如帰の鳴き声が響く
一瞬、怯んだ彼女だったが何故か鳥の存在に安堵する自分がいた
参道を挟んだ、向こう側の端で
立ち止まった彼女に気が付いた彼が足を止めようか
悩みながら歩みを遅らせる
結局、すずめは歩き出す事無く彼に疑問を投げる
「お付きの狐が神様にって、お稲荷様は何も言わないの?」
「何を?」
聞き返す彼に、すずめが小首を傾げ答えた
「駄目だよー、神様にはなれないよー、とか?」
足を止める彼も顎に手を当てて考える
「認めるしか、なかったとか?」
「信仰心程、強大なモノはないし」
「其の上、巫女迄、手に入れたら其の力は絶大だよ」
「巫女?」
彼の言葉に嗄れた声、幾層もの声を思い出す
声は何て言っていた?
「今宵は」
「今宵は巫女」
身震いして、其の肩を抱く彼女を余所に
彼は歩いて来た、参道を振り仰ぐ
「ずっと神は此の道を通ってはいない」
彼等は厄介事を厭う
喩え、其の原因が自分達に起因するモノだとしても、だ
だからこそ、付け入る隙を与える
朱い鳥居を潜り石畳の参道を通る、其の姿を見送るかのように
月夜に目線を滑らす彼に倣い、彼女も仰ぐ
「今は、此の道を通るのは神狐様だけなのね」
そう、呟いた彼女が
「我ながら沁み沁みした口調だったかな」と余韻に浸る間もなく
唐突に彼が吹き出す
「え?」
夜の静寂(しじま)に笑い声を響かせる
彼に戸惑う彼女の目の前で参道の真ん中へと足を踏み入れた
「え?!」
目の玉が飛び出る勢いで驚く
彼女を彼がやんちゃそうな笑顔で問い掛ける
「誰が鳥居を潜るのか?」
「誰が参道を通るのか?」
行き成りの、問いに彼女は答えられない
「え?え?誰が通るの?」
結果、質問返しするも彼の返事は
「さあ?」
だった
唖然とする彼女を残し、彼は参道を悠悠と進んで行く
すずめは狐につままれた気分になったが
遠ざかる彼の姿に慌てて、其の背中を追い掛けた
彼は当然、知っている
彼女も当然、答えを知っている筈
潜るのも通るのも、自分達だけだと知っている