狐鬼 第一章
六畳二間、平屋造りの一軒家
猫の額程の庭には一畳程の母親お手製の家庭菜園がある
数日前、小松菜の秋植えを終えたばかりだ
縁側で寝転がる少女の耳に母親の鼻歌が聞こえてくる
目を遣れば
庭の物干し竿に母親が母子の洗濯物を干していた
何時から其処に父さんの服が干されなくなったんだろう
ふと思い、起き上がる少女の足元
縁側の前、沓脱石には母親の突っ掛けがある
何時から母さんは父さんの突っ掛けを履くようになったんだろう
何気無く母親の突っ掛けを眺める
瞬間、喚き叫ぶ声に母親が何事か?!と振り返ると
自分の突っ掛けを何度も何度も踏み付け喚く、少女の姿を目にした
「ひばり?!何してるの?!」
駆け寄る母親にも構わず
尚も突っ掛けを踏み付ける、少女の幼い肩を必死で掴む
「ひばり!」
朗らかな普段とは別人のように
声を荒らげる母親にびくつく少女が上目遣いで見遣る
軈て落ち着いたのか、ぽつりぽつりと話し出す
「蜘蛛が、蜘蛛が」
蜘蛛が視える少女
蜘蛛が視えない母親
母親の突っ掛けに群がる、異形のモノ共
家の中にも家の外にも彼方此方に溢れ出るようになった
其れは少女の能力が増した証拠だ
時期的なモノなのか
父親の死が切っ掛けなのかは分からない
唯、言える事はそんな事は少女には関係ない
「父さんに会いたい」
「父さんに抱っこしてもらいたい」
堪えていた感情が一気に溢れる
そうして自分の頬を零れる涙を少女は握り締める拳で押さえる
少女の肩を掴む、母親の手が震える
其れでも小鳥の囀りのような、明るい声で言う
「抱っこなら母さんがしてあげる」
少女を抱き上げ、其の頭を引き寄せる
「ひばり、父さんに会いたくなったら鏡を見て」
「ひばりは父さん似だからね」
其の後、ボロボロになった母親の突っ掛けを手に謝る少女に
母親は満面の笑みで頭を横に振った
白日の記憶
漸く、瞼を開く少女がゆっくりと微笑む
「失敗した」
「鏡、割ったら父さんに会えなくなる」
其の顔を覗き込む母親が少女の頬に残る、涙を拭う
「本当にね~、自業自得だわ~」
態と呆れた様子で話す母親の態度に
鼻を啜る少女は口をへの字にして勢い良く、立ち上がる
「支度する」
「そうね~」
「でも、赤いお目目で皆さんをお出迎えするのはね~」
少女は「もう!」と吐き捨てると
外縁をどしどし歩き、来た道を引き返す
そして後ろ手で自室の障子の引手を掴むと
振り返る事無く、思いっ切り閉める
母親は揃えた指先で唇を抑え、笑いを噛み殺す