狐鬼 第一章
寒くて堪らない
濡れた制服が重く、冷たい
凍えた吐息に自身の身体を抱き抱えるも震えが治まらない
不意に頬に触れた
彼の手の平の冷たさに彼女は肩を竦める
親指の腹が唇をなぞる
凍り付きそうな程、彼の吐息が近い
其の冽が頬に触れた瞬間、彼女は其の名前を口にした
「みや狐」
彼の横顔が笑みで歪む
「其れが正解だよ、すずめ」
所詮、自分の身すら守れないのだから
大人しく狐に媚を売るしかない
間違っても自分が「巫女」等と、勘違いしない事だ
「 狐鬼 」
第三眼の声に振り仰ぐ窓外、青白い閃光が爆ぜる
刹那、壁一面の窓硝子が一斉に砕け、吹き飛ぶ
同時に競技用プール、其の水面がうねり水柱が噴き上がる
屋内水泳場は勿論の事、大地を揺るがす爆音と衝撃
其れでも彼女は
震えた肩を抱えたまま、其の名前を呼び続ける
「みや狐」
「みや狐」
「みや狐」
砕け散る硝子の破片が
砕け散る水柱の飛沫が此所彼所、競技用プール内に降り注ぐ
だが、其れ等は彼女を避けていく
瀑声は軈て、滴る音に響く水浸しのプールサイド
水溜りを蹴散らしながら段段、近付いてくる足音が耳に届く
其れでも顔を上げる事が出来ない
彼女の足元、跪く其の藍白色の着流し姿に心が震える
「すずめ」
自分の名前を朗朗と呼ばれて、辛うじて頷く
「言い忘れていたが」
「「神狐」の俺にとって「巫女」のお前は、絶対だ」
「故に「来るな」と、言われれば」
「天地が引っ繰り返ろうが「来る」事は出来ない」
「俺が何れ程、お前の元に行きたくとも」
お前が何れ程
あの、引き詰め髪の少女を救いたくとも、だ
お前の声は絶えず、聞こえていた
聞こえていたが俺には如何する事も出来なかった
唯唯、お前の声を聞いていた
「すまん」
思わず見上げる、白狐の姿
搗ち合う、其の翡翠色の眼が震えている
自分同様、ずぶ濡れた頬から雫が伝う
「、如何 して謝る んですか?」
「、如何 して」
此れ以上は言えない
抱き抱える膝に顔を埋める
声を上げて泣く、彼女を白狐は何も言わずに見詰めていた