狐鬼 第一章
「何か感じた?」
三眼の機転で間一髪
屋内水泳場を後にした、彼が問い掛ける
あの程度なら凌げる筈だ
「 分からん 」
「 だが、退くのが俺的には賢明だ 」
お前も承知の上で尻尾を巻いて逃げているんだろ?
何時になく手厳しい
闇から闇へと移動する、彼を余所に
未だ腹立ちが収まらない三眼は嘲笑交じりに言い放つ
「 俺は言ったよな 」
「 恋愛ごっこは御免だ、と 」
徐に立ち止まる
臨戦態勢に入った
彼が濡れたままの、乱れた前髪を掻き上げる
人気のない路地裏、雑居ビルの窓硝子に映り込む
自分の姿を繁繁、眺めて微笑む
勿論、迎え撃つ気満満の三眼が半眼で見据える
「 お前は何時迄、人間でいるつもりだ? 」
俺とお前の仲だ
何なら考えてやってもいい
お前は何時迄、人間でいたいんだ?
三眼の言葉に其の輪郭をなぞる、彼が空笑う
「此れの、何処が人間なんだよ」
途端、下品な笑声を響かせる三眼の声に反応したのか
背後の地面を小さい、何かが横切る
目敏く、射抜く彼の目が捉えたのは子猫だった
残念な事に袋小路だ
挑むか、媚びるか
将又、此方の出方を待つのか
如何する?
問いながらも、目の前の子猫に腹癒せの如く
大人げない圧を掛けるが何ら意味はない
「おいで」
毛繕いが下手糞なのか
ぼさぼさの、黒い毛皮を震わせる
子猫の警戒を解くように身を屈めて、手の平を差し伸べた
時間を掛けて、抜き足差し足で近寄る
此れでもか、と首根っこを伸ばす子猫が彼の指先に鼻を寄せて
思い存分、其の匂いを嗅ぎ始めた
「 何? 」
「 食うの? 」
中断したせいもあるが
長い事、此の茶番に付き合わされて辟易していた
不完全燃焼満満の三眼の挑発に乗る事無く
彼は素早く、黒い毛皮を掬い上がる
そうして藻掻いて、引っ掻く
子猫の鳴き声が途絶える迄、彼は其の身体を抱き締め続けた
流石の三眼も目尻を歪める
其の様を知ってか知らずか彼が、ぽつりと呟いた
「お望み通り「魔」になるよ」
第二章につづく