狐鬼 第一章
流石に「巫女」として名前が挙がった、ちどりだ
最後の最後で正気に戻ったか
其れとも自分の扱う、「魔」が弱いせいなのか
何れにせよ、善悪備える人間を相手にするのは難しい
高が人間
然れど人間
何方に転ぶか、分かりゃあしない
其れでも片意地に
今も抱き締めたままの、彼女の影響だとは思いたくない
仮に、すずめが「巫女」だとしたら
そう思うだけで何処からともなく湧き上がる
此の嫌悪感は何だ
蹲ったままの、彼女の背中に手を突いて立ち上がる
彼は、ずぶ濡れの前髪を掻き上げると
身体に張り付く、制服のシャツを引っ張り剥がす
そうして隣のスタート台に腰掛けた
愈愈、「此処からが本題」と、でもいうように語り掛ける
「僕と、同じように生きていこう」
突然の提案?、に彼女は涙塗れの顔を上げた
視界に跳び込む、波立つ競技用プールを食い入るように見詰める
本当は死んで欲しい
だけど、狐の事がある
下手に追い詰めると手駒の「巫女」事、切り捨てられるかも知れない
思うも一人、首を傾げる
狐程、信用ならないモノ等ない
其れでも、あの狐に当て嵌まるのかは疑問だ
疑問だが、此処は自分の経験を信じる
「母親を捨てて」
「父親を捨てて」
「此の場所を捨てて、一人で生きていこう」
漸く、自分に顔を向けた
彼女に片目を瞬く彼が「狐は特別だよ」と、お茶目に付け足す
「約束してくれたら此れ以上、殺さないよ」
「誰も」
「誰もね」
何も此の「眼」で覗いていたのは、お前等だけではない
母親?、父親?、そして犬?
大層、仲良し小好しの一家団欒の様子を見るともなく、見ていた
僕だけ
家族がいないなんて不公平だ
居場所がないなんて不公平だ
そうだろう?
言葉を失ったまま、見詰める
彼女の眼差しを彼は、やんちゃそうな笑顔で受け流す
瞬間、彼女は眩暈を覚える
彼は「魔」なのか
彼は「人間」なのか
否応無く、中てられる
正気と狂気の狭間で気が狂いそうだ
其れでも頷くしかない
選択の余地等無く、頷いた後
必死で言葉にしようとするも声にならない
只管、唇を震わせる
彼女の、其の様子に彼が目を伏せた
「じゃあ、指切りしようか?」
向かい合う、彼が彼女に向けて手を差し出す
ぎこちなくも上半身を起こす
彼女も手を差し出すが固く緊張しているのか、小指が伸ばせない
「大丈夫」
笑いながら立ち上がる
彼が彼女の傍らに屈むと其の手首を掴み寄せ
震える小指に自分の小指を絡めた
如何して?
如何して?
如何して、こうなった?
唇を噛み締めるも堪え切れず涙が溢れる
「兎に角、ちどりが守った「命」だ」
「精精、縋るといいよ」
「僕だって「鬼」じゃないんだから」
彼の言葉に
其の瞼を緊と閉じて気配すら消していた
額の第三眼が、ぱかっと開くや否や大仰な笑い声を上げた