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狐鬼 第一章

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「お庭に出たい」と燥ぐ、しゃこの要望に応えて
出したは良いが彼是、どれ程の時間が経ったのだろうか

すっかり今日の夕食が調うくらいには経った

味見を終えた小皿を焜炉脇に置いて火を消す
母親が前掛けの裾で両手を拭いながら居間へとやって来る

徐に身を屈める、掃き出し窓
網戸越しに庭で飛び跳ねる、愛犬の名前を呼ぶ

「しゃこ?」
「そろそろ、お散歩行く?」

声を掛けるも、しゃこは一向に止まらない
何時もなら「散歩」という、言葉には逆らえない筈なのに

「、え?」

首を傾げる母親が見守る中
猫の額程の庭で一人(一匹)、走り回っては無邪気に転げ回る
しゃこが突如、信じられない高さに迄、跳ね上がった

跳ね上がった、其の小さな身体を見て
最悪の事態を想像した母親が慌てて網戸に手を掛けるも

しゃこの身体は空中で一回
ぽむっ、と弾むと其のまま緩りと芝生へと転がる

丸で、透明な滑り台を降りて来たように

思わず瞼を擦る母親が再度、しゃこを見遣る

だが、其の姿が消えた!
驚愕したのも束の間、縁側の下から「へほ、へほ」する声がした

網戸を引き開け覗く
沓脱石の脇に置いた水受け皿の中身が空に近い

「はいはい、待って」

突っ掛けサンダルを引っ掛ける
母親が庭先の立水栓から水受け皿に勢い良く、注ぐ

「はいはい、どうぞ」

余程、咽喉が乾いていたのか

豪快に飛沫を撒き散らし我武者羅に水分補給する
愛犬を見下ろしながら母親は不思議で仕方ない

早朝から我が子の部屋へ突撃したり
見送る玄関先で狂ったように燥ぎ回ったり、今も庭で跳ね上がったり

と、思い出すと動悸を起こす
母親は深呼吸して自律神経を整える

兎に角、しゃこの行動は不可思議だ

そうして其の小さな頭を撫でようとした瞬間
背後を振り返る、しゃこが怒涛の如く吠える

「!!!きゃん、きゃん!!!」

其の場で回転を始め、頭上目掛け吠え出す
しゃこを母親は咄嗟に抱き抱えた

「しゃーこしゃこ、しゃこ!」
「ご近所迷惑だから、こら、こらこら!」

「くーん、くーん」

途端、借りてきた猫状態で自分の腕の中で甘える
しゃこに「如何したの?」と、訊くも当然、言葉は分からない

分からないが、愛犬は心悲しげだ

「よしよし」
「すずめが帰って来る前に、お散歩に行こう」

「ね?」

如何にか宥め賺しながら、しゃこが仰ぐ夕闇の空を遠望する

そして何と無しに呟く

「其れにしても遅いわね、すずめ」

作品名:狐鬼 第一章 作家名:七星瓢虫