狐鬼 第一章
思いの外、頁が進んだ文庫本を閉じて彼女は伸びをする
丁度良かった
白狐の前では迚もじゃないが本等、開く気にもなれなかった
此の日常が歯痒いのは分かる
分かるが自分には目の前の日常を繋いでいく生活がある
此処で生きていく限り
此処で生きている限り、必要最低限の生活
無地の窓掛けが棚引く
開け広げていた、校庭側の窓辺に向かう
彼の席は其のままだ
見下ろす
真っ直ぐ続く、敷石の一本道
他の部活部員達だろうか
点点、ジャージー姿の生徒達が正門を出て行く
窓枠に寄り掛かりながら其の光景を眺める
何時しか喧騒が止んだ校舎には
壁掛け時計の針が刻む、規則的な音が耳に付く
時刻は六時過ぎ
心做しか夕闇の空に息を呑む
長く、細く伸びる影を残して下校する生徒達を見つつ、思う
此処は似ている
此処は絶えず人人が出入りを繰り返していく空間
だが
存在する筈だ
望まなくても此処に留まる「モノ」が存在する筈だ
あの幼女のように
此処は似ている
此処は「病院」に似ている
唐突に彼女は身震いした
頬を撫でる、生温い風に震えながら窓硝子を閉める
此の学校も
彼の病院と何ら変わりない
思ったが最後
此処で待つ事が怖くて堪らない
「ちどりを迎えに行こう」
言い終わるより先、通学鞄を引っ手繰るように掴む
斜陽、射し込む教室を後にする
勢い良く飛び出した結果
通り掛かった女子生徒と打つかりそうになった
辛うじて接触は避けられたが
謝罪しながらも「若しかしたら「花」組織委員かも知れない」等
と、疑心暗鬼に陥る自分にうんざりした
其れでも女子生徒の後ろ姿を見送る
「花」組織委員でも構わない
側にいて欲しいと思うのは
「馬鹿だ!」
そうして今更ながら痛感する
今の自分は白狐以外、頼るモノがないのか
今の自分は白狐がいないと、こんなにも不安になるのか
其れでも置いてきた事に後悔はない
昇降口へと階段を下りる、女子生徒とは逆方向
屋内水泳場に向かう、渡り廊下へと踵を返した瞬間
廊下の窓硝子に目が留まる
裏庭に面した、其処に自分の姿が微かに映り込む
夜の闇に誘われて
魑魅魍魎が跳梁跋扈するのは今も昔も変わらない
何故か、浮かんだ怪奇小説かの如く文章に首を傾げる
何気無く見上げた、窓枠の端っこ
白く、煌煌と浮かぶ月
其れは丸で、「彼」其のモノのように彼女には思えた