狐鬼 第一章
24
「すずめ、大丈夫?」
「じゃないよね~?」と、付け足す
ちどりの言葉通り、散散な一日だった
正に人海戦術
稚児しい事に
「花」組織委員は何も女子生徒だけに限った事ではない
性別も人数も把握のしようがない上、行動力且つ結束力ある集団だ
正門を潜った瞬間から、否
自宅を一歩、出た瞬間から気の抜けない一日の始まりだった
全ては自分が小心者故だ
誰が見ているか分からない
何処で見ているか分からない
誰も彼もが「花」組織委員なのかも知れない
誰も彼もが「花」組織委員なのではないかも知れない
彼等が隠密行動に徹している以上、「花」組織委員を見分ける事は難しい
精精、平静を装う事だ
ちどりにはお手の物なのか
時偶、向けられる露骨な視線さえも茶化すように、あしらう
「きたきたきた~!」
「此の感覚、久し振りに快感かも~!」
「…、ちどり?」
当然、冗談だと言うように粗雑に手を振って笑うが
彼女の「久し振り」という言葉に、すずめは少なからず衝撃を受ける
自分は気付かなかった
自分は彼女が此れ等の視線に晒されている事に気付かなかった
「ごめんね、ちどり」
過去の自分を殴ってやりたい
感傷に浸る彼女を余所に
「何で、すずめが謝るの?」と、栗色の瞳を真ん丸くする
ちどりが、ぐるりと見回す教室
「彼奴等、今日は大人しく諦めたみたいだけどさ」
下校時間を迎えた生徒達は
一様に帰宅やら部活動やらの準備をしている
「明日も此の調子だったら絶対、捕まえてやるから!」
何とも心強い
迎撃態勢の、彼女には期待せずにはいられない
だが
確かに、ちどりは何度か視線の挑発に乗っかり
威嚇する目線を投げるも矢張り、「花」組織委員を炙り出す事は出来なかった
「にしても、私の時より明白(あからさま)だよね」
意図せず零す、ちどりの言葉が全てだ
探りたくとも「花」の情報はない
探りたくとも「花」自体、姿を現さない
従って唯一、関りがある自分への執着だ
項垂れ序でに溜息が漏れる
そんな自分の肩を掴み激しく揺らす、ちどりが力強く言い切る
「大丈夫!」
「其の内、飽きるから!」
有難い、経験者の言葉だ
そうして肝心の白狐の事について何も聞かない、ちどりには感謝しかない
「すずめへの、嫌がらせも!」
そうでした、そうでした
今日に限って何度、擦れ違い様に背後を小突かれた事か
余りにもさり気無くだけど
度度が重なれば当然、其れは故意だと気付く訳で
余りにも幼稚だ
然も、「花」組織委員会では天敵になるのか
ちどりを警戒してか
彼女の目を盗み巧妙に仕掛けてくるのだから始末が悪い
お陰で彼女は片時も自分の側を離れられない
此の時だって、そうだ
いの一番に屋内水泳場に向かいたいだろうに
「本当、心配掛けちゃってごめんね」
自席の机の中身を急いで通学鞄に詰め込む
自分に、ちどりが両手を机に突いて其の場で跳ね始める
美人の癖に
そんな、お茶目な仕草が似合うのは反則だ
「其れは構わないの!」
「でねでね、私ね、すずめに相談があるの!」
一瞬、彼女は面を食らう
短いながらも其れなりの関係の中で
「相談」等、唯の一度も聞いた事等なかった
抑、ちどりにとって自分は頼りに値する人間ではない
固まる彼女に多少
憤慨した様子のちどりが稍、厚みのある魅力的な唇を尖らせる
「何よ、私にだって相談の一つや二つ、あるわよ!」
「、だよね」
駄目だ
感情が全然、籠もらない
其れでも、ちどりは続ける
「でね、今日こそメルヘンカフェで、お茶しよ~」
生憎、一足先にお茶してますが?
何なら「花」切り抜き写真にも、ばっちり写ってましたが?
まあ、いいか
一旦は通学鞄の中に仕舞い込んだ
ちどりからの贈り物である、新刊の文庫本を取り出す
「了解、此処(教室)で待ってる」
白狐との約束がある
ひく先輩と顔を合わせる事態は避けたい
「え、此処(教室)で?」
真顔で聞き返す
ちどりは「花」組織委員等の行動を危惧しているのだろうが
彼等には面と向かって自分に接触する度胸はない
飽くまで
安全圏で匿名でいる事が活動条件なのだ
其れは、ちどりは勿論の事
「花」組織委員と称される誰も彼もが知っている事だ
其の結論に至ったのか、仕切り直しするように一呼吸した
ちどりが自分に抱き付くや否や頬を擦り擦りする
「さんきゅーあいしてるー」
「ありがとーありがとー」
「わたしもーあいしてるー」
お互い、突っ込み所満載の棒読み合戦の筈なのに
「本当に?」
「え?」
途端、怪訝そうな顔を向けて、ちどりが問い質す
「本当に私の事、愛してる?」
「え?」
「じゃあ、殺していい?」
「え?」
「愛してるなら殺していい?」
本気なのか
冗談なのか分からない
唯、笑顔を崩せないまま固まる
自分を余所に身体を引く、ちどりが其の両手を首元へと伸ばす
彼女の冷えた指先
「私も、死ぬから」
彼女の冷えた声
「いいよ」
「ちどりが一緒なら、いいよ」
知らず知らずの内に、そう答えていた
一度は、たかに差し出した、命
今度は、ちどりの為に差し出したって惜しくない
たかも
ちどりも自分にとっては大切な人だ
突然、吹き出した
ちどりは其の飛沫を顔面に受け止める
彼女に向かって声を荒げた
「馬ー鹿馬ー鹿馬ー鹿!」
「すずめなんか殺して、私に何の得があるのよ!」
「!!馬ー鹿!!」
怒涛の馬鹿呼ばわりに
彼女は自分の答えは間違っていたのか?
と、恥ずかしがるも珍しく応戦する
「し、知らないけど!」
「何よ、ちどりが先に変な事、言ったんでしょ?!」
言い切った後で栗色の目を真ん丸くしている
ちどりの様子に彼女も藍媚茶色の目を丸くして、問う
「な、何よ?」
「何、吃驚した顔をしてるの?」
「そりゃあ、するわよ?」
「だって、すずめが私に口答えするなんて今迄なかったんだから」
「口答えって…」
「違う?」
「何時だって笑って「ごめん」て言うだけじゃない、こーゆー時」
然も当然のように
得意気な顔で断言する、ちどりに彼女は力無く頷く
確かに彼女の言う通りだ
「そうだね…、ごめ」
素直に謝罪しようとした瞬間、ちどりが右手を挙げて遮る
「嬉しい」
「え?」
「嬉しいって、言ったの!」
そう突っ慳貪に返すも目の前の自分から顔を逸らす
耳を真っ赤にした、ちどりが「じゃあ、後でね!」
と、言い捨て教室を出て行く姿を見送りながら彼女は思い出す
「すずめってば何時もそうだよね」
彼の言っていた事はこういう事だったのかも知れない
真面目な振りをして不真面目で
真剣な振りをして全然、真剣に向かい合ってなんていなかった
たかに対しても
ちどりに対しても
何時だって受け身で
何時だって逃げ道ばかり探してた
「ごめんね、ちどり」
無意識に謝ってから気が付いた
思わず自分の頬を引っ叩くも力加減を誤った
余りの痛さに涙が込み上げてきたが其れでも嬉しくて笑いが零れた