狐鬼 第一章
思えば前に、ちどりが教えてくれた
「花」であった、ひく先輩の情報も赤裸裸に記されていた、と
軈て、自分と交際を始めたからなのか
其れ等の情報は何時しか削除されていた、とも
「代わりに私の情報が公開されたよ」
「嫉妬心満載の、大量のメッセージと一緒に」
自身の自席、映画の一場面の如く腰掛ける
ちどりが大袈裟にお道化て笑い飛ばしていたが何れ程、辛かったんだろう
窓掛けの裾、瞼越しに感じる
空が白み始める気配に怠い身体を起こす
枕元の携帯電話を手に取り
時刻を確認した後、目覚まし設定を切った
寝惚ける頭で液晶画面に浮かぶ、グループメッセージを眺める
抑、自分は寝たのか
寝たつもりなだけで実は寝ていないのではないのか
等と、馬鹿げた事を考えるも目の前を滑る文字に集中する
白狐の情報は更新していないが
案の定、自分の情報が公開されていた
御丁寧に添付された写真は「メルヘンカフェ」での、場面だ
当然、目撃される事は想定内だったが
真逆、既に付けられていたとは想定外だった
『 彼女? 』
「彼女」ではないが
「彼女」だったら如何する?
諦めるのか?
其れとも諦めさせるのか?
『 「花」見失ッタ 』
胸焼けの前に胸騒ぎを覚えた
白狐の手洗いに行くよう、促して姿を消させたのは正解だった
一人、店を出た自分を尾行する「花」組織委員はいなかったようだ
以降は想像通り「花」情報以上に
自分に対しての、そしりはしりが並ぶ文字を上へ上へと移動させる
軈て、飛び込んできた文字に眩暈がした
『 別レサセ屋 』
笑えない
誰もが見ている
誰も彼もが見ている
そして「彼女」と比喩される、自分も見ている
其れを知っている筈なのに此の無法状態
本当、笑えない
今更だが、たかの「花」情報を閲覧しなかった事が悔やまれた
当校に在籍する
女子生徒の義務だと言われ何の疑いなく素直に従ったが
ちどり同様、グループメッセージに参加する気にはなれなかった
だが、彼は如何やって取り繕ったのだろうか
名前もある
住所もある
だが、家族構成は如何だ
だが、友人関係は如何だ
過去は?
此処にはない過去は如何やって取り繕ったのだろうか
如何にも小さく息を吐く
知った所で自分には真似出来ない所行だ
寝床の端に腰掛けたまま項垂れた
寝惚け眼を擦る彼女が寝床の足元、眠り込む白狐を眺める
夕食のカレーライスを、お代わりした
白狐は何はともあれ満足げで幸せそうな寝顔に見えた
其れに引き換え自分は
「花」組織委員会の事が頭から離れず今朝は稍、寝不足気味だし
朝食も咽喉を通りそうにない
其の様子に気付いたのか
食卓机の向かい側に腰掛ける母親が
「何、今日はパンの気分だった?」と、冗談交じりに笑う
「久し振りの学校で疲れた?」
「どんだけ?」
と、返そうとするも実際、母親の指摘通りなのかも知れない
子どもの頃からそうだ
他人に指摘されないと
自分の置かれた状況が把握出来ない
此の「現実」に疲れたのかも知れない
一瞬でも彼の事を忘れて
一瞬でも少女の事を忘れて浮かれた結果なのかも知れない
巫女が聞いて呆れる
暫く、無言で長角皿に盛られた卵焼きを見詰めていたが
御飯茶碗に残る白飯と共に掻っ込む
頬張り、咀嚼しながら一気に味噌汁で流し込んだ
「ご馳走様でした!」
勢い良く立ち上がる彼女に圧されたのか
我が子の食事作法を
窘める事も忘れて「お粗末様でした」と、返した
台所の水場に朝食の食器を下げる、彼女は決意する
取り敢えず自分が今、出来る事をする
自分が今、出来る事は「花」組織委員会から白狐を守る事だ
「と、いう事で二度と来ないでください」
当然、白狐は何が「と、いう事」なのか理解出来ない
「花」組織委員会の存在を
明かす必要もないし説明する必要もない
そう、彼女は判断した
行く気満満で玄関迄、付いてきた白狐は
通学靴に履き終えた彼女に告げられて余程、驚いたのか
半開く唇が動くも言葉が出ない様子だった
其の落胆振りに若干、戸惑うも納得して貰うしかない
其れに白狐の言いたい事は分かっている
「姿を消せばいい」
其れだけの問題だ、と主張したいのだろうが違う
問題は別にあるんだ
白狐の其の、突っ走る性格だ
「昨日の、ひく先輩との件を忘れたとは言わせない」
と、釘を刺したいが白狐の様子が様子なので彼女は踏み止まる
兎に角、玄関先での遣り取りだ
小声とはいえ独り言が続くようでは不審に思われる
何より白狐の足元で燥ぎ続ける、しゃこが不自然此の上無い
「お土産、買ってきますから!、ね!」
そうして肝心な事を思い出す
白狐の不安の種を取り除く為、付け足す
「ひく先輩には近寄らない、約束します!」
依然、白狐は渋い顔のままだが此れ以上は時間切れだ
上がり框に置いた通学鞄に手を伸ばす
彼女が「行ってきます!」と、奥の、母親に声を掛ける
「はいはい、行ってらっしゃい!」と、洗い物の途中なのか
返事をする母親の声に雑じって食器を置く音がした
母親の声に、そして白狐に頷く彼女が玄関扉を開いて出て行く
直ぐ様、前掛けの裾で両手を拭いながら
姿を現した母親が何故か一人で燥ぎ回る、しゃこに首を傾げつつも
「あらあら」
「お見送りご苦労様ね、しゃこ」
と、褒めてから土間へと下りて玄関扉を施錠した
足早に引き返す母親は当然、見えない白狐を素通りしていく
白狐が見える、しゃこは頻りに「へほ、へほ」しながら笑い掛けてくる
そう、見えるだけで実際は違うかも知れないが
白狐も笑い返すが、しゃこの期待とは裏腹
其の、白毛の身体は真っ直ぐ天井へと吸い込まれていく
「!!きゃん!!」
嘘でしょう?!
とでも言うように、しゃこが抗議の声を上げた