空想科学落語~Space Raccoon~
遠い昔
遥か銀河の彼方
とある惑星がその生涯を終えようとしていた
巨大彗星の飛来、優れた科学力を持ってしても衝突は避けられず
この星の住民たちはそれぞれ宇宙船に乗り込んで母星を後にした、新天地を求めて……。
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「おまいさん! おまいさん! ちょいとこれ見とくれよ!」
「なんでぇ、騒々しい」
「とうとう見つけたんだよぅ、あたしたちが住めそうな星を!」
「そうか! おっかぁ、でかした!……おお、これか?」
「太陽系第三惑星、地球って言うらしいんだけどね」
「こいつぁオツな星だな!」
「だろう? こんなきれいな星は見たことないやね」
「大気の成分や重力はどうなんだ?」
「ほとんどあたしたちのR星と同じだよ、それだけじゃない、水が豊富で緑もいっぱいだよ」
「言うことなしじゃねぇか、よしっ、この星に決めようじゃねぇか」
「この綺麗な星があたしたちの新しい棲み処になるんだねぇ……」
「おうよ、今すぐ地球に進路を向けるぜ」
「本当に良かったよぅ、また親子三人幸せに暮らせるんだねぇ……」
え? 口調がおかしい? そんなことはありません、仮にも『空想科学落語』でございます、いい加減なことは申しません、なぜって宇宙人が喋るのをお聞きになった方はどなたもいらっしゃらないのですから、宇宙人がこういう口調で喋らないとはどなたにも言い切れないのでございます、納得して頂けてもそうでなくても……地球と言う目的地を得た彼らの旅は続きます……。
「おい、おっかぁ! てぇへんだ!」
「どうしたんだい? おまいさん」
「宇宙船の故障だ、ロケット噴射が効かねぇ、進路を変えられねぇんだ」
「地球はもう目と鼻の先だってのに……おまいさん、だから中古はよそうって言ったじゃないか」
「しょうがあんめぇ、あん時ゃ住宅ローン組んだばっかりだったんだからよ」
「そうだったねぇ」
「このままだと地球の衛星にぶつかっちまう、脱出用カプセルを使おうじゃねぇか」
「だけどあれは一人乗りだろう?」
「そうよ、だけどちゃんと三台あるじゃねぇか」
「あたしゃ坊やが心配なんだよう、まだ小さいんだよ、一人で大丈夫かねぇ、親子三人バラバラになっちまうじゃないか」
「だけどそうするしかあんめぇ、大丈夫だ、生きて地球にたどり着けば必ずまた会える、いや、この俺がきっと見つけてみせらぁ、お前ぇもぼうずもな」
「そうだねぇ、命あっての物種だものね、あたしも探すよ、あんたと坊やを」
「ぐずぐずしちゃいられねぇ、おい、ぼうず」
「なんだい? おとっつぁん」
「この船はもういけねぇ、このカプセルで脱出するんだ、お前ぇ、一人でも大丈夫だな?」
「おいらだって男だい!」
「よぅし、それでこそ俺の倅だ、いいか? おとっつぁんとおっかさんが必ずお前ぇを見つけてやる、それまで一人でもしっかり生きて行くんだぞ」
「わかったよ、おとっつぁん……おっかさんも達者でね」
「ああ、もちろんだよ、必ず坊やを見つけてあげるからね、地球でまた三人仲良く暮らそうね」
「うん、おとっつぁん、乗り込んだよ、これで良い?」
「ああ、シートベルトもきちんと締まってらぁ、じゃあ打ち出すぜ」
ボシュン!
坊やを乗せた脱出カプセルは真っ直ぐ地球に向かって行きます。
「行っちまったねぇ……あたしゃ心配でならないよ」
「ああ、でもこうするしかねぇんだ、お前ぇも早く乗り込め、ぐずぐずしてると到着点が離れて行くばかりだ」
「そうだったね……いいよ、おまいさん、やっとくれ」
「ああ、俺もすぐに続くぜ」
ボシュン! ボシュン!
こうして一家は別々のカプセルで地球へと向かったのでございます。
さて、一方その頃、親子が向かった地球では……。
「ん? 流れ星か? ややっ! こいつぁいけねぇ、真っ直ぐこっちへ飛んでくらぁ」
すっかり了見を入れ替えて働き者になった魚屋の勝っつぁん、砂浜で河岸が開くのを待って一服つけていますと、まだ明けきれない空から火の玉が飛んでくるではありませんか!
「あぶねぇ!」
勝っつぁん、慌てて天秤棒を担ぐと一目散に逃げだします、松の陰に逃げ込んで見守っておりますと火の玉は砂浜にズズーン!
「なんだい? ありゃぁ……茶釜みてぇなのが落ちて来やがった、お? なんだ? てっぺんの蓋が開くじゃねぇか……」
茶釜……言うまでもなく脱出カプセルでございますが、勝っつぁんが見まがえたもの無理はありません、いわゆるアダムスキー型の円盤なんでございますが、江戸時代、まだ空飛ぶ円盤のイメージなど誰も持っていませんから一番近いのが茶釜と言うわけでございまして……。
「いけねぇ……俺ぁまた夢を見てるに違ぇねぇ……今日は休んで帰ぇろう」
古典落語界の名優・勝っつぁんでございますが、今回は友情出演でございますので出番はここまでということで。
「ここが地球かぁ……気持ちの良い風が吹いてらぁ……おとっつぁんとおっかさんも無事に着いたかしら……」
気丈に振舞っていても気を張っていたんでございましょう、カプセルから這い出した坊やはふぅっと気を失ってしまいます……。
どれくらい経ったんでございましょう、ふと、大勢の子供の声で目を醒ました坊や。
「……どんな生き物がいるかわからないから気をつけろって、おとっつぁんが言ってたな、ここじゃ見つかっちまう、そうだ、あの草むらに隠れよう……あれが地球人か……おいらと同じでまだ子供かしら? でもおいらよりだいぶ大きいや……」
R星の人間は大人でも身長三尺ほど、その頃の日本人の平均が五尺くらいだとしてもかなり小さい、まして坊やはまだ身長一尺五寸、やっぱりやって来た子供たちの半分もありません。
実はR星人は変身能力を持っておりまして、どんなものにでもその姿を変えられるのでございます、ですが坊やはまだ変身の仕方を憶えたばかり、姿は変えられても嵩までは変えられない、地球人の子供に化けても身長一尺五寸では却って妙なことになりかねません。
「何か地球の生き物でおいらくらいの大きさなのはいないかしら……おや?」
坊やが見つけたのは草むらに捨てられていた信楽焼の狸の置物。
「変な格好だけど、これって地球の生き物の形なんだろうな、よし、これに化けて逃げよう」
置物の狸に姿を変えた坊やは一目散に駆け出しますが、八畳敷きが邪魔で上手く走れません、たちまち子供たちに見つかってしまいました。
「やあ! 狸の置物が走ってらぁ」
「本当だ! あれ生きてらぁ」
「捕まえて狸汁にしちまおうぜ……それっ」
「わぁっ!」
哀れ、坊やは子供たちに捕まってしまい、縄でぐるぐる巻きにされて木の枝にぶら下げられてしまいます、そこへ通りがかったのが大工の八つぁん。
「おいおい、木に狸の置物なんかぶら下げて何してるんだ?」
「置物じゃないよ、おじさん、こいつ生きてるんだ」
「生きてる? そんなわきゃぁ……おい、本当だ、こいつ、生きてるな」
「これからぶち殺して狸汁にして食っちまうんだ」
作品名:空想科学落語~Space Raccoon~ 作家名:ST