狐憑き
そんなある日、田んぼの畦を歩くキヨコさんの姿が見えたんで、本家の人が気になって近くに様子を見に行ったそうだ。
「田んぼに落ちんようにせいよ」
それでもキヨコさんは何も答えんで、ただ腕に抱く枕に何やら小声で話しておったそうだ。
「キョン・キョ・ウン、キョン・・・」
か細い声が微かに聞こえるだけで、何を話しておったのか、よく聞き取れんかったそうだ。
夏の暑い日にな、共同作業場の集会場で集まりがあったが、
「最近はキヨコ、良さそうになったのう」
「そうじゃな、外を散歩出来るようになれば、あと少しじゃ」
キヨコさんが元気になったように見えると、皆がそのおじさんを励ましていたそうだ。
「何かひとり言を言っとったが、何を話しておったんじゃろうな」
そんな中、本家の人が先日、キヨコさんが畦を歩いておった時の話をした。
「いつも何を言っとるのか、声が聞き取れんですよ」
と下の家のおじさんが言うと、本家の人はその時の様子をこう語った。
「キョンキョンキョンキョンと言っとるように聞こえたわ。まるで子犬みたいに」
「・・・・・・!」
突然おじさんの表情が変わってな、おじさんは、「ああああー」と叫び声をあげて、慌てて集会場を出て行ったんだ。
皆は驚いて、その後姿を見送ったが、祖父だけは何事かと気になって、おじさんの後を追ったのだ。おじさんの家の前に来た時、おじさんが草刈り機を抱えて、家から跳び出して、田んぼの畦道の刈り残した草を、一心不乱に刈り始めたそうだ。
その姿が腑に落ちんかった祖父も草刈り機を持って来て、おじさんの見える場所で草刈りを始めたそうだが、心配した他の人も何人かが、あとから周囲で草刈りを手伝い始めたそうだ。
作業は何時間も続いた。やがて夕焼けがかかる頃、ようやくそのおじさんは動きを止めて、その場にしゃがみこんだ。そのことに気付いた人たちも、静かにその周りに集まって来た。そして皆がそこで目にしたものは・・・