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亨利(ヘンリー)
亨利(ヘンリー)
novelistID. 60014
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狐憑き

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「ふう、一人で刈っておっても、一日では終わらんわ」

 本家の下の家のおじさんが、田んぼの畦(あぜ)の草刈りをしておった。多分、田植えを終えて、梅雨のころ伸び始める雑草だろう。棚田の田んぼは小さいもんだが、その分何段にも重なっておるから、あぜ道が多いのだ。あまり通らん畦は、ほったらかしで草も伸び放題になっておった。
 おじさんは、普段刈らん場所の地面を、草刈り機で撫でるようにして、前へ進んでいたそうだ。

(石を飛ばさんようにせねばな)
石が田んぼに落ちると厄介だから、注意深く畦の形状に合わせて、草刈り機を左右に振らなくてはならん。

 すると突然、その草むらからキツネが一匹跳び出しおった。
「うわぁ!」
驚いて叫び声を上げたのはおじさんの方だ。しかし、そいつは運悪く草刈り機に当たってしもうた。おじさんは慌てて避けようとしたんだが、もう遅くての、回転する刃で確実にキツネを叩いてしもうたそうじゃ。
 それでもキツネは、勢いよく走り去って、その後、どうすることも出来んかったんじゃ。

 不思議なことが起こったのはそれからだ。おじさんの一人娘のキヨコさんが妊娠したそうだ。
 町の診療所に行って、検査して分かったことらしい。その頃子供だったわしは詳しく知らんかったが、後から聞いた話では、キヨコさんは結婚しておらんかったようだ。大人たちの間では、誰の子だったのか論議の種だっただろう。でも不思議なことはそんなことではない。

 おじさんとおばさんが、あまり外に出んようになってしまったらしい。
「相手が誰か判らんのか?」
「恋人がおるようには見えんかったがな」
「派手好きな娘じゃからのう」
当時、未婚の母というのは、世間体が悪かったせいで、両親が気にしておるもんだと、集落の皆は考えておった。しかし、事態はそんなことではなかったようだ。

作品名:狐憑き 作家名:亨利(ヘンリー)