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ヒロミと過ごした夏休み

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 半信半疑のまま、岩の周辺をコウジは覗いて見た。何度か注意深く見ているうちに、その手長エビを発見した。たしかに、水中メガネ越しに見ると、十五センチくらいに見えた。今まで見たどの手長エビよりも大きかった。岩かげに身をひそめている手長エビの背後からそっと近づき、プッシュンの狙いを定め、人差し指を手前に引いた。プッシュンのハガネの矢が手長エビからはずれて、川底に突きささり、砂塵が舞い上がる。川底が濁り、手長エビは大慌てに逃げた。
「でっかいにや」
 水中から顔を出して、コウジが興奮した顔で言った。
「やろう」
 ヒロミが、得意気な顔で言った。二人は、その後大きな手長エビを探し続けたが、ついに見つけることはできなかった。
「アンタ、鉄板でエビ焼いて食べない?」
 と、ヒロミが気持ちをきりかえるみたいに言った。
「鉄板、どこにあるが?」
「ワタシ、家から持ってきた」
 川原の繁みから、ヒロミが鉄板を下げてきた。
「アンタ、はやく、たきぎひろってきてよ」 
 コウジは、川原にころがっている流木をひろい集めた。
 手長エビは、鉄板で焼くと、透明がかった茶色からピンク色になり、やがて赤くなる。ヒロミが家から持ってきた塩をふりかけ、焼いた。二人は、赤く変色した手長エビを皮ごと手づかみで食べた。
「おいしいね」
 ヒロミが言う。熱い手長エビをかじりながら、「うまい」とコウジもうなずいた。
「名前教えてくれないと、ワタシ、やっぱりアンタのこと、アンタって呼ばないといけないから、はやく教えてよ」
 すっかりうちとけた感じで、ヒロミが言った。
「コウジや」
 と、照れくさそうに言った。
「オレ四年や、オマエ、五年ゆうたろう」
「そうよ、五年よ」
「どうして女ながに、エビ突きするが、オラの姉やんも五年やけんぞ、エビ突きなんかせん。ほんで、どうしち、いっつも、ここへきようが、なし、友達と遊ばんが?」
「ワタシがエビ突き好きなのは、名人と言われるおじいちゃんの影響。最初は全然突けなくて、おじいちゃんに石のはぐり方から教わって、毎日突いているうちに段々突けるようになってきたの。そしたら面白くなってきて、それにエビ突きって一人でできるしね」
 こうして夏休みの前半、コウジとヒロミは、毎日この川に来てエビ突きをして過ごした。


 盆になった。
 田舎の者は、盆の間海や川で泳ぐことを嫌う。死んだ霊が里帰りをしており、生きた者をあの世に連れて行く、と言って。
 しかし、コウジは、そんなことを気にしなかった。盆の間も川に来た。ヒロミは、家の者に止められたのか、盆に入ってから泳ぎに来なかった。ヒロミがいないとエビ突きの楽しさが、半減した。
 盆踊りの前日の夕方、コウジがいつものように手長エビを突いていると、ヒロミが自転車でやってきた。
「明日の盆踊り、見にこないの。ワタシも行くから、いっしょに見ない?」
 ヒロミがエビ突きをするコウジの背中越しに、大声で言った。コウジは水中でヒロミの声がよく聞き取れなかったため、顔を上げて聞きなおした。
「明日ねぇ、いっしょに盆踊り見にいかない?」
「けんど、夜一人じゃ出れんかもしれん」
「友達といくと言って、ウソつけばいいじゃん」
 ヒロミは良いアイデアやろうと言うように、得意な顔をして見せた。
「ほんなら、これたらくるけん」
 コウジはそう言うと、またエビ突きを続けた。
 その夜コウジは、親の機嫌がよいときに、明日友達と隣町の盆踊りに行くと言った。
「道くらいけん、気いつけていったよ」
 と母親は言い、
「ちびっこ相撲でもとってこいや。賞金もらえるぞ」
 と、相撲好きな父親が言った。


 盆踊りは、いつもエビ突きをしている十字架より川下の、河川改修のために広くなっている川原で行われた。
 組まれたやぐらの角から、四方に紐が張られ、その紐には多くの提灯が吊らされている。出店も並び賑やかで、近隣の町から多くの人が集まった。
 コウジは自転車で、夜、隣町まで行くのは初めての経験であり、何だか胸がときめいた。
 人混みの中しばらく歩くうち、ヒロミを見つけた。ヒロミもコウジに気付き、大きく片手を上げて近づいてきた。
 浴衣姿のヒロミは、いつも三つ編みにしている長い髪をストレートに垂らしており、女らしく大人びて見える。
 コウジは妙に照れくさく、しばらくはヒロミの後に隠れるように歩いた。知り合いに会うことも恥ずかしかった。
 出店をしばらく見て回っているうちに、段々と恥ずかしさも消えた。金魚すくいをしている時、ヒロミの体と何回か当たって顔が赤くなったが、ヒロミは金魚すくいに夢中で気づかれずにすんだ。
「あの土手のところで休もう」
 ヒロミにさそわれて、土手に座った。
「ここなら落ちついて話ができるでしょう。で、家の人に何か言われなかった」
「べつになんちゃ言われらったけんど、夜一人でここまで来たが、はじめてやけん、途中の峠のところで、幽霊出んか思うて、怖かった」
「あっそれ、ワタシもおばあちゃんから聞いたことある。あの峠の竹やぶで女の人が首つり自殺して、それ以来、女の人の幽霊出るんでしょう」
「ほんなことゆうたら、オラ帰れんなるけん」 
 ヒロミはゴメンゴメンと言って、両手を顔の前で合わせて笑った。
 やぐらの上で打たれる太鼓の音が、ドドンドドンコと小気味良く響き、周辺の山々に木霊している。
 川面を滑るように渡ってくる風が涼しく、秋の気配が感じられた。
 コウジは今日のヒロミが、いつもとちがって見えた。並んで座っていると、ドキドキした。
 好きなテレビ番組や歌手のこと等話すうち、お互いの好みが共通していることがわかった。二人ともプロ野球とプロレスが大好きで、ヒロミが「読売ジャイアンツ」、コウジが「阪急ブレーブス」のファンだった。コウジは、いつも日本シリーズで対戦して負けるジャイアンツが嫌いだったが、長嶋だけは別だった。プロレスではヒロミもコウジも、シャープな技を繰り出す「ドリー・ファンク・ジュニア」が好きだった。
 コウジは小学校低学年までは、年子の姉とよく遊んだが、最近はテレビ番組の取り合い等喧嘩ばかりして、ほとんど話しもしなかった。だから、女の子とこうして長く話すのは、久しぶりだった。
「コウジはどうして、いつも、一人でこの川へくるの。友達とは、遊ばないの?」
「オレ、今、学校で友達から仲間外れにされちょるけん、遊ぶもんがおらん」
 コウジは満天の星空の下の開放感から、素直になれる自分を感じた。
「どうして、仲間外れになったの?」
「オラ仲良かった友達んちへ泊まりに行って、オネショしたけん、それがばれて、みんなから、ばかにされだして、ほんで、いつのまにか、友達おらんようになって……」
 コウジは明るく言おうとしたが、つい涙声になってしまった。それが恥ずかしくてうつむいた。
 ヒロミは嫌なことを聞いてゴメンと言うように、自分のことを話し出した。
作品名:ヒロミと過ごした夏休み 作家名:忍冬