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ヒロミと過ごした夏休み

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 誓いの十年目の夏、コウジは思い出の地に立った。
 青い空に入道雲、深い緑の山々、山間を流れる静かな川、川沿いには黄金色した稲穂の絨毯等、一昔前と変わらぬ景色が目の前にある。
 まるで昨日の事のように、あの夏休みの日々が、色褪せることなく、変わらぬ風景の中に蘇る。
 コウジは、誓いを記した神社の境内に上がり、来る当てのない少女の面影を偲んだ。


 梅雨に入って間もない頃だった。
 小学四年のコウジは、仲の良いタツヤの家に泊まりにいった。夜遅くまで起きて、タツヤが冷蔵庫からこっそり持ってくるファンタグレープを飲み、サッカーゲームをして遊んだ。
「あんたら、もうおそいけん、寝んといかんよ」
 と、タツヤの母親にうながされて寝たのは、十一時過ぎだった。
 明け方、コウジはオシッコをこらえきれなくなり、放尿する夢を見て、あわてて目をさましたけれど、もうおそかった。シーツに小さな地図ができていた。
「気にせんでもええよ」
 と、タツヤの母親は言ってくれたが、コウジは最悪の気分だった。
 コウジは「このことは、絶対誰にも言わんといて」と、タツヤに懇願した。しかし、タツヤの母親が、よりによって、ワルのケンジの母親に話してしまった。
 翌日、ケンジがクラスで、オネショのことを暴露した。それからコウジは、「寝小便タレ」とからかわれるようになり、たちまち、いじめられるようになった。
 教室でも一人でいることが多くなり、やがて、親友のタツヤまでが、コウジから離れていった。


 夏休みになった。
 コウジは一人で毎日隣町の川にいき、エビを突いて過ごした。
 この川は、コウジが小さい頃、父に連れられてエビ突きをした川だった。
 一週間程たった頃。
 コウジが川に入る前、ヨモギを石で叩いて絞りだした汁で、曇り止めのために水中メガネをふいていた。
 すると突然、背後からピンクのセパレート水着を着た見知らぬ少女が声をかけてきた。
 真っ黒に日焼けした少女は、すらりと背が高く、手足が長い。
 長い髪を三つ編みにし、大きな目に黒い瞳が印象的で、気の強さを表しているようだった。
 可愛い顔をしているが生意気そうにしか見えない、どちらかというとコウジが苦手なタイプだった。
「アンタ、近ごろ、ここへよくきているけど、どこからきてるの?」
 少女はズケズケとした口のききかたをした。
「Hから」
 コウジは少女を見ずに、ぶっきらぼうに答えた。
「Hゆうたら、隣の町でしょう。どうして、わざわざ、ここまでくるの?」
 少女はコウジを咎めるように言った。
「べつに、ここで泳いだち、かまんろう」
 コウジは、気弱で恥ずかしがり屋だから、初対面の者とは上手く話すことが出来ない。ましてや、女の子とくれば、よけいに話せないのだ。
 そんなこともあり、コウジは少し腹を立てているような、不愛想な言い方をした。
「そりゃ、べつにいいけど、アンタ、変わってるね」
 少女はコウジの横に座り、ヨモギをちぎった。
「ワタシね、五年で、ヒロミっていうの、アンタは何年?」
 コウジは少女の都会言葉が気取っているようでなじめず、黙っていた。
「ねえ、何年?」
 ヒロミはしつこく聞いた。
「何年でもええろうが」
 コウジは立ち上がり、川に向かって走った。
「アンタ、ワタシが名前教えたのに、自分の名前言わないなんて反則よ」
 と言って、コウジの後を追っかけてきた。
 コウジは、その声を振り払うかのように、いきおいよく川に飛び込んだ。ヒロミも続いて飛び込んだ。
 コウジは、いつもエビを突いている通称十字架という場所に泳いでいった。 川底に十字の形をしたテトラポッドがいくつも埋められている場所だった。
 コウジはヒロミを無視して、手長エビを探しはじめた。ヒロミもコウジの近くで、川床を覗きはじめた。
 十字架付近の石をそっとおこすと、小さな手長エビが身をひそめている。夜行性の手長エビは、日中は石やテトラポッドの下に隠れている。手長エビは敏捷で、少しの気配を感じても、すばしっこく逃げる。そのため、石を注意深くおこす必要がある。気付かれないよう神経を集中して、静かに石をおこし、プッシュンと呼ぶ鉄砲の形をした木製の金突きでねらいをすます。突き外すと、手長エビは水中メガネの視界から消える。手長エビは前後左右縦横無尽に、直線的な動きをする。ただし、そう遠くには逃げないため、その周辺に隠れて、こちらの様子をうかがっている。一度突きそこなった手長エビをしとめるために、川の濁りが無くなるのを待ち、周辺の石を手当たり次第におこさなければならない。
 エビ突きは、コウジにとって、たまらなく面白いものだった。エビ突きを始めると、時間の経過を忘れてしまう。十字架付近の水深は、腰までしかなく、背中を水上に出しながら、エビを突き続けると、川から上がる頃には、背中がやけどしたように真赤にはれあがる。
 七月下旬の焼きつけるような太陽が、西の山に隠れようとしていた。山の影になった川の水温が、やがてひんやりと冷たさを感じるようになる。唇が紫色に変色し、体がブルブル震え出してやっとエビ突きを終える。
 コウジの腰に結んだカゴには、手長エビが半分ほど入っている。コウジが川から上がると、ヒロミも後を追ってきた。
「アンタ、なかなか、エビ突きうまいね」
 ヒロミが、コウジのカゴの中をのぞきこんで言った。ヒロミのカゴには、コウジに負けないくらいの手長エビが入っていた。
「アンタ、これやるから、もって帰って」
 コウジのカゴへ、手長エビをうつした。
「いらんちや」
 そう言おうとする前に、カゴは手長エビでいっぱいになった。
「また明日、いっしょに突こうね」
 ヒロミは水のしたたる水着のまま自転車にまたがり、コウジが帰る道と反対の方角にこいでいった。夕暮れの中、ヒロミの姿が段々と消えていくのを、コウジは不思議な気持ちで見ていた。


 次の日の午後、川にやってくると、ヒロミが先に来ていた。
「アンタ今日はおそかったね」
 十字架のところに立ち、コウジに向って大きな声で言った。
 この川の遊泳区域は、十字架より川上に百メートルほどいったところにあり、十字架で泳ぐ小中学生はほとんどいない。
「はやくきて、さっき、こんなに大きいエビを見たよ」
 ヒロミは、十五センチほどの間隔に両手を広げて見せた。
「うそつけ」
「うそやないって」
 興奮さめやらぬ顔でヒロミが言った。
「メガネでみると、ざまにふとうみえるけんど、本当は、五センチくらいやったがやろう」 
 コウジが、からかうように言った。
「本当だって、うそやないよ」
 ヒロミが、真顔になって言う。
「ほら、あの大きな岩のとこ」
 ヒロミが指差した場所は、十字架の真中あたりの少し深くなっているところだった。大きな岩の一部が川面から顔を出している。
作品名:ヒロミと過ごした夏休み 作家名:忍冬