sakura
商談
明は３５歳で自動車の中古車販売を始めた。結婚して３年目である。バブルのさなかである。幸い農地を３００坪親から譲り受け、開業資金は公務員の退職金の１００万円ほどである。銀行から５００万円の融資は、土地の担保があり、受けることが出来た。
従業員は雇わず。妻と２人で切り盛りした。全くの素人ではあったが、３年間開業のためにそれなりの研究はした。
中古車を買うふりをして、商談のノウハウや下取りの査定なども覚えた。中古車の販売は売るだけでは信用がつかないことは分かっていたが、開店当初は修理工の給与が払える自信がなく、修理は知人の工場に依頼していた。
３年過ぎると、修理工を雇う余裕がうまれ、２級整備士を雇い、高卒で自動車科の見習いを雇うことにした。車検整備もできるようになり、固定客も生まれ始めた。
明は絵画鑑賞が好きであり、妻と結婚したのも妻が美術大学出身だからであった。そんな関係で、待合室の一角に絵の展示を始めた。明が買い求めた作品であるが、それが、短時間でできる、オイル交換や、バッテリー交換など、コーヒーを飲みながら、絵が見られ、好印象であった。が、明が所持していた絵画は１０点ほどであり、５点展示していたが、半年で新しい絵画が底をついていた。妻の由美の作品も目新しさで飾ってみた。それまでは、有名画家のリトグラフや栃木県出身の画家や版画家の作品で金額的には高価なものであった。
「この絵は売り物ですか？」
「展示しているだけですが、私個人のものですから、販売しても良いです」
「こちらは無名の方のようですが、とても僕の感性にあいます。値段はいかほどですか」
「それは、妻の作品です。美大は出て、日展に１度入選はしているそうです」
「経歴は関係ないです」
「そうですか、額縁の代金で結構です」
「それでは、描いた方に失礼ですよ。少ないですが、１０万円お支払いします」
「ありがとうございます」
そのことがきっかけで、小さな個展を開いたりするようになった。絵画販売も年に２０点ほどになっていたのだ。
今回の商談は松本哲夫の肉筆画の値段交渉であった。
車よりは電車のほうが正確な時間に足利に戻れるから、それに、商談次第ではかなりの利益になるから、時間には遅れることはできなかったのだ。