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桐生甘太郎
桐生甘太郎
novelistID. 68250
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「キコちゃんはちょっと小さい」〜完結編〜

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17話目「君がくれたもの」






夏休みは忙しかった。でもその間に俺はしっかりとお金を稼ぎ、合間にはキコちゃんといろいろなことをして遊んだ。キコちゃんは家の中での水遊びをしたがったけど、残念ながら人形サイズの水着だけの販売が見つからなかったので、それは遠慮してもらった。

「じゃ、じゃあ…私、水着がなくてもいいです!」

「ダメーッ!それは俺がダメだから!えっと…じゃあ、今晩のデザートはかき氷にしてあげるから!ね!?涼しいでしょ!?」

「えっ…!やったー!かき氷ー!」


冷や汗っていうのは、あれのことを言うんだ。それから、実を言うと、俺は……我慢した。何を?とは聞かないでください。はい…ごめんなさい。


それでも、暑いからと二人でたまにアイスクリームを食べたりもしたし、カーゴパンツのポケットにキコちゃんをしのばせて、近所の川をちょっとだけ見に行ったりもした。

「わあ〜っ!広いですね!海ですか!?」

「ふふ、これは川。海ならもっともっと広いよ」

「へえ、すごい…」

あのとき、誰もいなくてよかったな。マリンスタイルのセーラー襟のシャツと白いハーフパンツを着た彼女が、真っ白な夏の陽を浴びる姿は、とても可愛かった。

でも、川辺を飛び交うギンヤンマが彼女の頭に止まろうとしたときは、それはそれは大変な騒ぎになったけど。


それから、夏の間はバイトで体力を使うので、俺はときどき納豆以外のものも食べた。たいがいが割り引かれた惣菜のから揚げやなんかだったけど、キコちゃんもそれは気に入ってくれた。一番好評だったのはエビフライかな。あと、いつも小さいパックが隅の方で割り引かれているポテトサラダは、キコちゃんのためによく買っている。

「“ぽてとさらだ”はやっぱり素晴らしいですね!」

あと、俺は学生として夏休み中の課題にも取り掛からなければいけなかった。それで勉強道具を広げたとき、キコちゃんが「手伝いましょうか?」と言ってきたのだ。そのとき俺は、キコちゃんが前に期末考査の問題をピタリと当てたのを思い出して、大いに誘惑された。しかし、俺はなんとか断った。善か悪かの問題ではない。これは尊厳の問題なのだ。

「大丈夫だよ、自分でやらないと身につかないからね」

「あ、そ、そうですね!頑張ってください!キコも応援しますよ!」

「ありがとう」

でも、“一度でいいから100点を見てみたかった”というのは、思わないでもなかった。



そして、その夏休みももう終わりだ。夕暮れ近くになって、夕涼みにと窓を開けると、カナカナカナ…とヒグラシが鳴く声が部屋に飛び込んでくる。涼しいけどどこか生ぬるい、湿った風も部屋に吹き込んだ。窓辺には1つだけ風鈴が下がっていて、それが静かな風に揺られて、チリ…チリチリン…と、途切れ途切れに鳴っている。

狂乱の暑さが去って、さんざめく命は残り香だけになり、風に乗って肌に吸いつくような気がした。ひぐらしや風鈴は、まるでその儚さを惜しんで泣いているみたいだ。火照った体は冷めていき、そうして人心地つくと、俺たちの体は黙り込むように力が抜け、ついつい眠ってしまいそうになっていた。

「ふわあ…おなか…すきましたね…」

「そうだね…もう晩ごはんにしようか」




俺は夏休みが明けて、元通りの日常が過ぎていくと思っていた。しかし、それは元通りとは少し違った。

少しずつ、俺の周りには人がいる時間が長くなった。クラスメイトが前よりも頻繁に俺に話しかけてくる。なぜだろう?と考えたけど、答えはよくわからなかった。

失くした教科書を少しの間だけ見せてくれないかと、隣の席の早田君に頼まれたりもした。

俺は「いいよ、教科書がないんじゃ困るもんね」と快諾して、「ありがとう」と言われたので、「どういたしまして」と返した。早田君がほっとしたように笑うのを見ていて、俺もちょっといい気分になれた。やっぱり誰かが喜んでくれるっていうのはいいよな。

俺はそのとき、自分の心に大きな変化が起きていたことには気づかなかった。