「キコちゃんはちょっと小さい」〜完結編〜
「ただいま~」
「おかえりなさいませ一也さん!ありましたか!?ありましたか!?」
キコちゃんは俺がドアを開けた途端、大急ぎでそう聞いてきた。俺はそれに笑いが込み上げながらも、「あったよ」と返事をする。するとキコちゃんはほっとしたように微笑んで、俺を振り返りながら部屋の中へ駆け戻った。楽しみにしていた物だから、すぐに見たいんだろう。
「こっちです一也さん!早く開けましょう!」
「うんうん。それから、もう一つ、いいのがあったから買ってきたよ」
「いいの…?なんですか?」
俺は大きなエコバッグから、まず猫耳ハンディファンの箱を取り出し、中身を開ける。それから充電がされていることを確認するため、自分に向けてスイッチをつけてみた。すぐにふわっと風が吹いたので、俺はそれをキコちゃんの隣に置く。かなり小さいものだから、サイズは彼女とやっぱり同じくらいだった。
「なんですか?これ…?耳がついてますね。かわいい」
彼女は猫耳を撫でて、ほわっと顔をほころばせる。俺がキコちゃんに向けてファンのボタンを押すと、彼女は「きゃっ!」と悲鳴をあげた。
「あ゛あ゛~」
キコちゃんはハンディファンの前で、安直な四コマ漫画のように、「ああ~」と言っている。これもテレビで見てから、やってみたいと思っていたことみたいだ。俺は彼女が夢中になっている間に、本来の目的だった道具を組み立てていた。ちょっとハンドルを付けるだけなのでそれはすぐに終わって、キコちゃんに声をかける。
「できたよキコちゃん!」
「えっ!?できましたか!?」
そして俺は完成した「かき氷機」をテーブルに乗せた。キコちゃんは「きゃーっ!」と叫んでかき氷機に抱き着く。
うーん。ここまで喜んでもらえるんだから、そりゃ買っちゃうだろう。「ペンギンの形をしたかき氷機」だって。
「わあー!ペンギンさんです!一也さん!氷!氷をください!私が回します!」
「待ってね、あとシロップも買ってきたから、お皿も用意するよ」
そして、やっぱりハンドルを回す力のない彼女の代わりに俺が氷を削って、小さなガラスボウルに山盛りになったかき氷にシロップをかけ、かき氷が完成した。
「んー!冷たくておいしいです〜」
「うん、おいしいね」
俺たちは頭が痛くなるまでかき氷を食べた。「あいたたた」と2人で言って、顔を見合わせる。
「ふふ、一也さん。ありがとうございました」
「いえいえどういたしまして」
「あの…それから…」
「うん?」
キコちゃんは小さなスプーンをお皿に置いて、俺を見た。俺はそのときドキッとして彼女を見つめる。彼女は小さなテーブルに頬杖をついていた。それから、頬をふっくり上げた満足そうな笑みで俺を見上げて、首を傾ける。その仕草は、彼女をいつもより少し大人っぽく見せていた。
「…好きです、すごく」
今が夏じゃなくたって、俺は体が熱くなるはずだ。君がそんな顔をするから。
「俺も、好き…」
俺は自分の言葉が尻すぼみになり、うつむいてしまったことがちょっと悔しかった。
夏がこんなにきらきらと楽しいとは思わなかった。
俺の過ごした幼い頃の夏は、人のいない家で鳴る風鈴の音に身を任せて、昼寝をするだけだった。でも今は、彼女がいる。一緒に楽しいことをして、それを喜び合える彼女がいるんだ。
彼女が一つ一つ新しいことを知っていく喜び。それを見守っていく喜び。彼女が俺を見つめていてくれること。「好き」と言ってくれること。それだけで俺はよかった。
それが、あんなにすぐに揺らぐなんて。
作品名:「キコちゃんはちょっと小さい」〜完結編〜 作家名:桐生甘太郎