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桐生甘太郎
桐生甘太郎
novelistID. 68250
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「キコちゃんはちょっと小さい」〜完結編〜

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ある日俺は、職員室に来るようにと東先生に言われていたので、放課後に職員室を訪ねた。

「失礼しまーす」

「おお、児ノ原~、こっちこっち」

俺という生徒が来たので、数人の先生と談笑していた東先生はこちらを向いた。東先生と話していた先生たちは、なぜか俺を気遣うような微笑みをこちらに向けてから自分の席に戻り、みんな揃って背景みたいに黙り込んでしまった。俺はなんだかちょっと変な気分だった。

「どうしたんすか」

「お前な、高校出てすぐ働くなら、今からちゃんとした敬語くらい喋りなさい」

「…すみません。それで?どんなご用でしょうか?」

そこで東先生はちょっと晴れやかな笑顔を見せて、「まあ座れよ」と言った。東先生の隣は今日も空いているらしい。そしてそこには、今度は緑茶とまんじゅうが置かれていた。

「あ、それな、お前の分だから。いやー田中先生、いるだろ?あの人いつも大量に持ってきちゃうから、あまってるんだよ。協力してくれや」

「ふーん、まあ、すみません。じゃあ、遠慮なくいただきます」

東先生と俺はしばらく無言でまんじゅうをかじり、ふかふかした白い生地と、甘すぎるくらい甘い濃紫色のあんこを味わっていた。

「お前もさ、心配がなくなってよかったよ」

「え?」

緑茶の入った無骨な湯飲みから顔を上げると、東先生は満足そうに俺を見ていた。前はいつも、渋々俺に付き合っているような顔ばかりしていたのに。

「友達、増えただろ」

「はい、まあ…多分…」

「自信がなさそうだな」

そう言って東先生はなにやら面白そうに笑いながら、残りのまんじゅうを口に放り込んだ。そしてゆっくり噛んで飲み込み、どうやら話したかったのだろうことを話し出す。

「…お前は最近「ありがとう」とか「ごめん」とか、ちゃんと言うようになった。ちゃんと、笑顔でだ。変わったなと思うよ。前はいつも仏頂面で、誰とも喋りたがらないから、先生実は困ってたんだ。“こんなんでこいつを社会に出しちゃって大丈夫かな~”、みたいな、な」

俺はそれを聞いたとき、キコちゃんの顔が思い浮かんだ。

ああ、そうか。

東先生は大きく息を吐いてから、また嬉しそうに笑ってくれた。

「まあでもこれで、お前に関しては心配なし、だ。とはいえ、頑張っても芽が出ない山崎やなんかをなんとかしてやらにゃならんのだが…」

東先生は独り言のように最後の方をつぶやいていたけど、もう一度俺の顔をまっすぐ見て、こう言った。

「とにかく、先生はそれを心配していたし、“これからはお前がいつもいい人間関係が作れるだろう”と安心したということは、忘れるなよ?」

「はい」



キコちゃんは、しょっちゅう俺に「ありがとうございます」と「ごめんなさい」を言ってくれる。だから俺も、最近はひとりでに口をついて出るようになってきたかもしれない。

今思い返せば、金村さんのときもそうだった。俺はそんなのは当たり前になっていて気づかなかったけど、それで俺は知らない間にクラスになじめたのかもしれない。まあそれが本当にいいか悪いかは人によるかもしれないけど、俺は「悪くないな」と思えている。

初めは急に振る舞いの変わったクラスメイトたちに戸惑いもあったけど、俺はずっと昔、幼稚園で友達と遊んでいたときの景色を思い出したことがあった。そのときにわかったのだ。


俺は、両親の死があまりに悲しかったんだ。そして、「去っていくのなら、執着しなければ悲しくないだろう」という、それ自体がなんとも哀しい、そんな選択をしようとしていたのかもしれない。


今日は帰ったら、キコちゃんに「ありがとう」を言おう。

俺は、オレンジや赤に染められたビルの窓ガラスに見守られ、踏みなれているくたびれたアスファルトの道を越えて、家のドアを開けた。


「ただいま~」

そして、俺の目に信じられないものが飛び込んできた。それが彼女なのかもわからなかったけど、俺は名前を呼んだ。

「キコちゃん…?」