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桐生甘太郎
桐生甘太郎
novelistID. 68250
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「キコちゃんはちょっと小さい」〜完結編〜

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翌日俺たちは目覚めて、どこかもどかしい幸せの朝にいた。

「あ、おはようございます…」

「うん、お、おはよう…」

うつむき加減に互いを覗き見て、それからはにかみながら、「朝ごはん、だね」と俺が言い、「そうですね」と彼女が返す。

キコちゃんは大好きな納豆を4粒食べて、俺はその残りをいつも通りにもらおうとした。その時、彼女が何かとても恥ずかしそうにするので、「どうしたの?」と聞いてみた。

「あ、あの…」

キコちゃんは言いにくそうだったけど、俺が持ち上げようとしていた納豆のパックから3粒くらいを取り上げる。彼女はそのままその納豆を持ってテーブルの上に立ち上がり、俺に向かってそれを差し上げた。

「あ、「あーん」、ですっ!」

「へっ…!」


「あーん」。それは男子全員が憧れてやまない、とびっきりの美味しいシーンである。そう。それがたとえ3粒しかない納豆であっても、「あーん」であることに変わりはない。

俺は突然のことにびっくりして、どうしたらいかわからなくなってしまった。しかしなんとか正気を取り戻してから、キコちゃんの両手に向かって首を下げる。彼女の手まで口の中に入れてしまうとびっくりさせてしまいそうだったので、俺はなんとか納豆だけを唇に挟む。恥ずかしくて嬉しくてたまらない気持ちで、それを口に入れて顔を上げた。

俺が食べているのは納豆だ。普通の納豆だ。しかしこれは「キコちゃんからのあーん」という称号を持った納豆だ。

味なんてわからないけど美味しい…!

「おいしいよ」

そう言うと彼女は嬉しそうに顔を輝かせ、何かを言おうとしたけど、やっぱり恥ずかしくて何も言えなかったのか、「えへへ」とはにかみ笑いをした。胸が締めつけられるような健気さだ。

それからキコちゃんはうつむいておもちゃの椅子に座り直し、ほかに出してあったごはんや漬物をそわそわと食べ始めた。

学校に行くときは、学校の制服を着る。俺はいつもキコちゃんにあまり見えないように、玄関の方で着替えをしていた。今日も制服の掛かったハンガーを持って玄関の方に向かう。その時、キコちゃんがちらちらとこちらを見ている目と、俺の目がかち合った。

「あ、着替え…」

「は、はい…」

俺たちは特にお互い悪いことをしているわけでもないのに、なんとなく申し訳なさそうな笑顔を見せあってからお互いに後ろを向き、俺は着替えをして、学校の鞄を持つ。

「じゃあ、テーブルの上のごはんは昼に食べてね」

「はい」

「えーっと、今日食べたいものとかは?」

「あ、と、特には…一也さんの好きなものが、いいです…」

一緒に住んでいるんだから夕方にはまた会うのに、俺たちはまるで別れを惜しむ恋人みたいに、なかなか離れたがらずに玄関で向かい合っていた。俺はもっと彼女に何かをあげたくて、彼女を手に乗せて、自分の顔から少し離れたところに連れてくる。キコちゃんは真っ赤になって、胸の前で握り合わせた両手をしきりに揉んでいた。

ほら、小さくても君はそんなに頑張って俺を見てくれている。

「いってきます」

「は、はい…いってらっしゃい…」

俺が彼女を床に下ろした時、彼女は満足そうに、でもちょっとさびしそうに、片手を振って俺を送り出してくれた。