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桐生甘太郎
桐生甘太郎
novelistID. 68250
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「キコちゃんはちょっと小さい」〜完結編〜

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人間は、あまりに想定していなかったことに出会ったとき、頭が働かないという。もちろん、俺もこのときそうだった。そりゃそうだ。“天使の試験”ってなんだよ。聞いたこともねえよ。それに、天使なんて、神話のなかの架空の存在じゃないか!

俺はこう考えた。

“キコちゃんは体が大きくなって、俺がいなくても生活していけるようになったから、俺と離れるためにいい加減な嘘をついてるんじゃないか?”、と。だって、「天使の試験」なんて、そんなものがあるはずがないんだから。

そのとき俺の心に、ちりっと怒りが湧いた。その怒りは鋭く、皮肉で毒々しかった。俺はそれを、思わず彼女に向けてしまう。

「キコちゃん…そんなに俺が嫌なら、素直にそう言ってくれたほうが、俺も気が楽だよ…そんな嘘に、普通は騙されないし…」

「嘘じゃないです!」

彼女のその叫びは、まるで内緒話をしているような大きさだった。でもそれは多分、精一杯喉の奥に押し込めたからだ。

そして、とうとう彼女は泣き出す。その涙は嘘ではできないほどの激しさで、彼女は肩を震わせて、一生懸命に次から次へと溢れてくるそれを拭った。

「だって、私…たくさんものを増やしたり、未来のことを当てたりしたじゃないですか…!そんなこと、人間にはできないじゃないですか…!信じてください…嘘じゃないの…!」


どういうことだ…?

キコちゃんはこんなふうに演技ができるような子じゃない。むしろ彼女は、今までで一番素直に泣いているように見える。つまり、ものすごく悲しんでいるんだ。

それに、確かに彼女は一瞬にして部屋中を千円札でいっぱいにしたり、試験の問題をすべて当てたりしていた…。

本当なのか…?でも、“天使の試験”って…一体どういうことなんだ?


しゃくりあげていたのが治まってくると、彼女は下を向きながらもう一度話し出した。

「…天界に昇り、“見込みがある”と選ばれた者たちには、試験を受ける権利が与えられます…」

俺は、大きなショックを受け続けていた。だって、とても信じられないような荒唐無稽なことが、信じるべき形で差し出されているのだから。

「どういうこと…?じゃあ、君は一度、死んだの…?」

キコちゃんは頷いた。俺はそこで、何度目かわからない大きすぎる驚きに頭を叩かれる。


待ってくれ。そんなに次から次に、俺はそんなことを頭に詰め込めないよ。

それなのに、キコちゃんはまた喋り始めてしまう。

「…天使の試験は、仮試験からです。本試験前の仮試験では、“すべての記憶を剥奪されても、人を幸せにできるか”…それが見定められます…。だから、合格した私は、これから本試験に進まなければいけません…地上からは離れて…」

そのとき、俺はこちらに向けられたキコちゃんの背中に目を見張った。彼女の背中は、肩甲骨のあたりがむくむくと盛り上がってきて、ワンピースの生地がもぞもぞと動いている。俺はそれを見て、「あっ!」と叫びそうになった。


そして、彼女が窓ガラスを大きく開けたときには、彼女の肌を貫いて広げられた白く大きな翼が、部屋を覆い尽くすかのように見えた。

部屋の中には、ばさりと彼女が大きく翼をはためかせたときに散らばった、柔らかな羽が降っていた。それは美しかったけど…。


キコちゃんがいなくなってしまう。なんで。どうして。

たった今朝まで、ずっと一緒で、これからもそうだと彼女自身も言ってくれていたのに。


俺は思わず首を振った。初めはゆっくりゆるゆると。それから、彼女が見逃せないくらいに、大きく。

「…やだ。…やだ!行かないで!絶対やだ!」

俺は、彼女を止める術を自分がほとんど持っていないのを知っていた。だって、背中に翼が生えてるんだ。彼女がもうここにいるべきじゃないことくらい、俺にだってわかってた。でも止めたい。だから俺の言葉は、とても幼く、拙くなった。


駄々っ子でも、わがままでもいい。そんなのはいいから、どうか行かないでほしい。


「ごめんなさい…」

少しずつ、彼女の翼は羽ばたいて、足がふわりと浮いた。俺はそれを見て、靴のまま慌てて窓辺に駆け寄る。

「謝ってもダメ!だって君、俺を好きって言ったじゃないか!君がいなくなったら、俺の幸せはなくなっちゃうんだよ!?そんなの絶対ダメだからね!キコちゃん!」

俺は彼女の腰に縋りつき、なにがなんだかわからないままに叫んだ。


いやだ。いやだ。いやだ!絶対にいやだ!


「一也さん!放して!危ないです!」

キコちゃんの体はどんどん宙に浮き上がり、部屋の外へと飛び立とうとしていた。俺の体も、それに引きずられていく。

「ダメです!放してください!…お願い!危ないから!戻って!」

ここは3階だ。落ちたらひとたまりもないだろう。でもそんなことは俺にはどうでもよかった。

「嫌だ!君に置いていかれるくらいなら、ずっとつかまってる!落ちなきゃ死なない!どうしてなんだ!好きなんだ!だから行かないで!君が行っちゃったら、俺…また一人になっちゃうじゃないか…!」

俺は幼いころの情景が思い浮かんで、そして、今また同じことが起きようとしているかのような錯覚に陥った。俺の頬を涙がはらはらと落ちていくのがわかる。