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桐生甘太郎
桐生甘太郎
novelistID. 68250
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「キコちゃんはちょっと小さい」〜完結編〜

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翼の羽ばたく音は突然消えた。


すると、俺たちの体は急にぐるっと反転する。

「わあっ!?」

「きゃああっ!」

窓の外のキコちゃんも、彼女につかまって体の半分を引きずり出されていた俺も、一気に下へと落下しそうになった。でも俺はすんでのところでなんとか窓枠に手をかけて、滑り落ちていくキコちゃんの手をつかんだ。

俺が下を見ると、キコちゃんの背中にさっきのような大きい翼は見えなかった。でも、鉄の窓枠が俺の指にぎりぎりと食い込む。二人分の体重がかかった腕も、長く力がもちそうにはなかった。

なんとかつかまっている俺の息が切れてきて、手の痛みに苦しくなる表情をキコちゃんから隠そうとして、俺は彼女から顔を逸らす。でも、彼女はそれに気づいて叫んだ。

「一也さん!落ちちゃいます!放してください!」

「大丈夫!今、配管に足を掛ければ…」

俺は、自分の足より30センチほど上を横に通っている、アパートの配管に狙いを定めた。そこに足をかけてつかまり立ちができれば、彼女を引っ張り上げて、二人で窓まで這いあがれるはずだ。


キコちゃんの翼がないなら、俺の手と足があるじゃないか。俺は彼女のために、今できることをすればいいだけなんだ。


俺はなんとか配管につま先をひっかけた。靴底が滑って何度か足は落ちたけど、限界まで膝を上げたとき、かかとから体を引きあげることができた。そして、キコちゃんに声をかける。

「キコちゃん…俺につかまって!二人で配管に立てれば、部屋に戻れるから!」

彼女はとても不安そうにしていたけど、俺は精一杯の力で彼女の体を引き上げ、彼女は俺の肩に手を伸ばしてくれた。

「そう…ゆっくり…」

そこから、足を滑らせやしないかとぶるぶる震えながら、俺たちは少しずつ窓枠の真下まで体を横に滑らせた。そして俺はキコちゃんを片手で抱きかかえたまま思い切り窓枠を引っ張る。

俺たちは部屋の中に向かって、二人してどたーっと倒れ込んだ。



「ああ危なかった…死ぬかと思った…!」

俺は肩につかまっていたキコちゃんを抱きしめていた。なんとか命が助かったと思うと、なかなか腕の力はゆるめられず、ぎゅうっと彼女を胸の中に閉じ込めたままだった。

「あ、あの…一也さん…」

「そうだ、背中見せてキコちゃん!」

俺は起き上がってキコちゃんの手を引き、後ろ向きにさせようとして、腰に手をかけた。

「きゃあっ!何するんですか!」

俺は夢中になって彼女の背中を手のひらで何度か叩いてみたけど、何もなかった。見渡してみると、部屋の中に落ちたはずの彼女の羽根も、あとかたもなくなっていた。

「ご、ごめん…翼がまだあったらって…」

「ふふ、もうないです」

「そっか…」


俺はそのとき、気まずかった。だってキコちゃんは天使になりたかったんだろう。でも、おそらくだけど、その機会はもうなくなってしまったのだ。多分、そうだと思う。俺は、それを彼女に聞いて確かめるのが怖かった。もしそれで、キコちゃんが失った望みを悲しんだりしたら。


多分、俺たちは一緒にはいられなくなってしまう。

俺は、何もない彼女の背中を見つめていた。でも、くるりと振り向いたキコちゃんは、予想に反して明るい笑顔だった。

「そうだ、大きくなれたら、したいことがあったんですよ」

「え…何…?」

彼女は前を向いて、俺をふわっと抱きしめた。温かくい彼女の腕と体に俺は包まれる。俺は女の子に、好きな子に抱きしめられるなんて初めてだった。それに、キコちゃんにそんなことができるなんて今まで思っていなかったから、一気に爆発しそうな緊張と感動に包まれて、体の自由もなくなってしまった。

「私の手で、一也さんを抱きしめて、それから…」



彼女の唇は、温かかった。柔らかかった。俺の世界はそれでぐるっと一回転した。そのあとのことなんて何も考えられなかった。

俺の体中ですべての細胞が歓喜に震え、叫びを上げた。俺はそれを必死に止めて、一瞬のキスのあとで下を向く。


こんなの、背中に翼が生えるより心臓に悪い!


しばらくうつむいたままおろおろしっ放しだった俺の頭に、優しい声が降ってきた。

「責任とって、ずっと一緒にいてください」

はっとして顔を上げると、彼女が微笑んで俺を見つめていた。


その静かな微笑みは、少しも揺るがなかった。

そのとき俺は、自分の幸せは確かな地面に足をつけていて、もう奪われることなんかないと、知ったような気がした。

どうしようもなく、涙がこみ上げる。

返事をしなくちゃ。早く。そう思うのに、きっと二度とは口に出せない幸せがもったいなくて、なかなか言えない。

「…はい」

涙を止めることさえ忘れながらそう言うと、彼女は俺をまた抱きしめてくれた。俺は彼女にあやしてもらいながら泣き、新しい始まりに足をかけた。





おわり