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蜘蛛の糸

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とは言え、そういう手立てを少しでも思い浮かべたとすれば、日頃から、慈愛を常とし、平常心を心がけていた私としても、つい一方に贔屓をしだすと、人とは、天下の大法をも、いともたやすく捻じ曲げてしまう愚かな生き物なのでしょうか。
ちょっとばかり、大げさになりましたが、とにかく早く彼女の窮状を救ってやらねばとの、必死の思いで藪の中をつついたり、生垣、花壇の中を隈なく探し回って見た所、いました・・・と言うか、探し当てたと言うべきか、つい先頃、息絶えたばかりの、シジミ蝶を見つけたのです。しかし、もうそこには数匹の蟻がたかっており、私はごめんね蟻くんとつぶやきながら、蝶を横取りしようとすると、なんと一匹の蟻君が、その蝶の羽にするするとよじ登るやいなや、鋭い顎で私を威嚇するではありませんか。人間同士では早い者勝ちという論法もありえますが、人と蟻とでもこの法則は当てはまるものかと、妙に納得した次第です。
でも、私は蟻君達よりも先に獲物を発見する自信は、まるでないので、何とか折り合いがつくような手立てはないものかと思案に暮れた所、最善手ではないにしても、盤上この一手というか、絶妙手とでも呼べるような手段を思いついたのでした。
これならば、この件に大なり小なり関わる数多の方達にも、あまり不満が出ないのではないのかと、自己満足に震えた次第です。
その手段というのが、あちらこちらに網をかけているお隣さん達からの、獲物のシェアをしてもらうと言うアイデアでした。人間界では、いろいろなシェアが編み出されており、正にそれに着意を得た次第です。
まあ、アイデアといっても、強奪に近いものですが、
そして、網をかけている蜘蛛達を、よくよく観察して見ますと、丸々と肥えたものは、食べきれない獲物を、まるでプロシュート職人が、塩をまぶした腿肉を、地下蔵に吊るすようにして蓄えている者もいれば、うちの網虫さんと一緒で、中々獲物にも有りつけずに、風に弄ばれるようにして、網にしがみついている者達もいます。
この違いは何だろうとふっと思った瞬間、ああ・・・なるほど、おおよそビジネスなどと言うものは、活動の足場としての場所の選び方が、商売繁盛の一番の肝なのだなと改めて思い知らされました。
釣りも、魚の通り道に糸を垂らすだけでめくらめっぽう釣れるとか。ジョロウ蜘蛛も虫の行き交う通り道に、うまく網をかけさえすれば、何不自由もなく暮せるというものです。・・・私の店も場所については、デメリットがありますが、それでも手作り料理がうまいとの評判を聞きつけ、わざわざ遠方より予約して見えられますので、一概には言えない事かとは存じますが。あっ、これは失礼、またまた本題より逸脱しての、自慢話に終始したようで、読者の方々には、あなたの店の事などどうでも良いから、早く先を続けろとの、お叱りを受けそうです。
とにかく、その丸々と肥え太った蜘蛛さんの獲物蔵から、ひとつ拝借して、さっそく網虫さんの網に掛けた所、一瞬、怪訝そうな様子で、それを伺っていました。
生餌ではないので、バタつかないことに躊躇されているのかもしれません。しかし、エサは一見して先ほど捕まったかのような、緑色のカメムシ君です。まあ、調理済みとはいえ、プロの目から見てもそれなりに、鮮度が保たれている良い餌でした。
そこで少し餌を揺らしてみた所、今度は意を決したかのようにして、蜘蛛のいつもの見慣れた仕草で、素早く絡めとりました。
しかし、ついつい見とれてしまい、時間がたつのも忘れ、私の店の開店時間が大幅に過ぎていました。・・・
さて、夏も盛りを過ぎる頃には、そこかしこに巣をかけている女郎蜘蛛達の網には、何処からやって来るのか、必ずと言っていいほど、端のほうにちょこんと遠慮がちな小さな蜘蛛を見かけます。
人間社会で言う所の、居候3杯目にはそっと出しとか言うユーモラスな言葉がありますが、この場合はまさに命がけ、これは交尾の瞬間を今か今かと伺っているオス達なのだそうです。しかし、あまりに近づくと、からめとられて食べられ、大変な事になってしまうので、彼女が気を許した瞬間を狙って、素早く行動を起こそうと身構えているのだそうですが、なんとも勇気のある命がけのふるまいです。何かの本に、肉体は遺伝子の乗り物に過ぎないという文面を思い出しました。
その勇敢な行為にも、遺伝子が深くかかわっているのではないでしょうか。
私だったら、怖すぎて躊躇いたしますが。
と言う事は、私の遺伝子は蜘蛛さんよりも遥かに勇気が劣っているのでしょうか。
11月も半ば近くになると、この辺りの山々を、紅一点でも競うかのようにして、美しい茜色に覆っていた木々達は、徐々に葉を落とし始め、その鮮やかだった茜色の葉も、描きつくした油絵のパレットの様に、面妖な紋様へと変わり果て、瑞々しさを失ったわくら葉が、幹下を覆いつくしていたかと思うと、一陣のつむじ風を追いかけるように去っていきます。
さて、あみ虫さんはというと、私も最近では中々食事の世話も疎かになりがちで、彼女の面倒を見てあげられず、久しぶりに覗いてみると、やはりというか痩せ細り、美しかった網も、破れ傘のようにあちらこちらほころびており、網の修復もままならぬような有様でした。
焦りを覚えた私は、それまでよく獲物のシェアをして頂いていた蜘蛛さんをいつもの場所で探して回って見たのですが、打ち捨てられた網を残し姿は消えていました。
春先には、卵から孵ったばかりの幼蜘蛛達は、集団生活を送ったのち、糸疣から細い糸を数本伸ばして、バルーンの様に上昇気流に一気に乗り、大空へ飛びだっていくのだそうです。
その大いなる冒険ののち、深く生い茂る森の木立や、青々とした孟宗竹の静寂に包まれた林の中、又は河川敷の優美な光に包まれたセイタカアワダチソウなど、そして人の営み近く、ベランダや軒下辺りに、安住の地を見つけては、網をかけるのだそうです。
生まれ落ちるとすぐに独立し、店を構えるとは、何とも頼もしい生き物達ですが、産卵を終えた後は、冬の到来を待たずに、次の世代に遺伝子を託すかのようにして死んでいくのだそうです。
人間から見ると、なんとも切ないものを感じますが、蜘蛛さん達には、筆舌につくしがたい途方もなく長い道のりだったのかもしれません。
12月も半ばを過ぎたある夜、この冬一番の寒気の到来とともに、深夜から朝方にかけての深々と降り積もった雪は、辺りを押し殺すかのように、瞬く間にすべてを覆いつくしていました。
私は、あみむしさんの事が気がかりで、夜中に何度もシコンノボタンの辺りを、覗いたのですが、雪で覆われていては、どうしようも有りません。
やがて、降り積もった雪は午後の太陽の光にさらされ
、徐々にと溶けだしていき、辺りを普段の穏やかな日常に戻していきました。やがて恐る恐る鉢のなかを覗いてみると、いました、しかし彼女は仰向けになり、何かを庇うかの様に、手足で体を包み込む様にして息絶えていました。
作品名:蜘蛛の糸 作家名:森 明彦