北へふたり旅 76話~80話
北へふたり旅(78) 札幌へ③
妻が中国のご婦人と手をつなぎ歩きはじめた。
「一キロ通」の標識を過ぎて間もなく、広い道路へ出た。
中央に分離帯がある。
「さかえ通」と書いてある。
分離帯に木が植えてあり、子供たちのためのブランコまで置いてある。
「分離帯というより、ミニ公園みたいですねぇ」
「グリーンベルトと呼ばれる緑地帯だ。
函館は風が強いため、何度も大火に見舞われた。
昭和9年の大火のあと防火帯として、中央分離帯をもつ道路を整備した。
全部で15本。総延長14kmに及ぶという。
2度と大火を起こさないという当時の人々の思いが、
ここにこめられている」
「いつの間に調べたの?」
「君と中国のご婦人が手をつないだとき。
手持ち無沙汰になったので、ちょっと携帯をググってみた」
「ほかに何か有りましたか?」
「このあたりから通りの雰囲気が代わるらしい」
「そういえば通りが狭くなってきました。
住宅街の中を通る、生活道路のような雰囲気にかわってきました」
芝桜が歩道にはみだして咲いている。雑草に覆いつくされた場所もある。
突き当りに海が見えてきた。津軽海峡だ。
集魚灯をならべた船が戻ってきた。たぶんイカ釣り漁船だろう。
「セリの時間ぎりぎりに戻って来たのかな。
旨いだろうなあれ。採ってきたばかりのイカは・・・」
「ホテルの朝食も豪勢です。
もしかしたら、ピチピチのイカ刺しが食べられるかもしれません」
「まさか。朝飯だ。そんな豪勢なはずがない」
「あら。知らずに予約したのですか、あなたは。
有名ですよ。
函館べィの豪華すぎる朝食は」
「そうか?」
「ふふふ。やっぱり知らなかったんだ」
あなたらしいですと妻が目をほそめる。
「どういう意味だ?」問い返すと、どこか抜けているところです、と
妻が笑う。
図星だがチクリと胸になにかが突き刺さる。
(ふぅ~ん。有名なのか朝食が・・・知らなかった)
沖へ目を向ける。さきほどのイカ釣り船はどこだろう?
見つかった。
港へ急いでいるのか立待岬をいそいで回り、函館山の陰へ消えていった。
そういえば腹が減って来た。
時計を見ると6時15分をすぎている。
(20分も有ればホテルへ戻れるだろう。ちょうどいい時間だ)
戻ろうと顔をあげたとき、目の前に居たはずの妻と中国のご婦人の姿がない。
(あれ・・・どこへ消えた、2人して)
あわてて路地をのぞきこむ。2人の姿は見えない。
おかしい。ついさっきまでわたしのそばに居たはずなのに・・・
うしろからクラクションが聞こえてきた。
振り返ると軽トラックが停まっている。
運転しているのはまったく無覚えのない、ひげだらけの男性。
指で後ろへ乗れと合図している。
(うしろへ乗れ?。いったいどういう意味だ?)
荷台へまわる。
驚いたことに妻と中国のご婦人が荷台へ座りこんでいる。
「なにやってんだ、2人とも!」
「のんびり歩いていたら、朝食の時間に間に合いません。
見回していたら、魚市場へ向かうこの軽トラックを見つけました。
乗せてくれるそうです。
あなたも荷台で荷物になってくださいな」
「違反だろう、これって・・・」
「津軽海峡でとれたマグロを運んでいると思えばだいじょうぶ。
あなたは横になってください。マグロになった気分で。
うふふ」
(79)へつづく
作品名:北へふたり旅 76話~80話 作家名:落合順平