小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

短編集81(過去作品)

INDEX|1ページ/22ページ|

次のページ
 

夢で逢いたい



                夢で逢いたい


 今まで都筑は、見たいと思ったことを夢に見ることができない。
――夢で会おうね――
 好きな人に心の中でそう囁いてベッドに入るが、覚めると見たという記憶がない。肝心な夢を覚えていないだけかも知れないが、それにしても寂しいものだ。
 忘れているだけなのかも知れない。
 夢を見たという記憶が曖昧なことが多いが、忘れているだけかも知れないと感じることもある。そんなに簡単に忘れてしまう夢などきっと大したことではないと思うのだが、意識して思い出したくない夢があったとしても、それは不思議なことではない。
 特に都筑が覚えている夢というのは学生時代のものが多い。
「過去を振り返るなど夢の中だけにしないとな」
 学生時代の先輩が言っていたことを思い出した。
 しかもあまり楽しい夢ではない。今から思えば楽しいことが多かったので、辛い思い出が却って深く残っているとも言える。夢から覚めると着ているものがぐっしょりになっているほど、汗を掻いている。
 夢から覚める時には、
――今まさに夢から覚める――
 と思う瞬間がある。裏を返せば、夢を見ていることを自覚する瞬間でもある。
――夢とは潜在意識が見せるもの――
 と信じて疑わない都筑にとって、夢の世界は決して幻ではないのだ。
 覚えていない夢が幻だったらどうだろう? 潜在意識にないことを夢で見てしまったために覚えていないとも考えられるのではないか。都筑は最近そんな風に感じるようになった。
 最近付き合い始めた女性、名前を由美というが、彼女の夢をよく見る。今までに女性と付き合ったことは何度かあるが、付き合っている時に夢を見るのは彼女だけだ。今までの女性の夢を見るのは、すべてが別れてからだったのだからおかしなものである。
 別れた女性たちに未練があるのだろうか?
 確かに別れは突然で、すべてが相手からの一方的なものだった。それだけに青天の霹靂、事実を受け止める間もなく、自分の前から姿を消していた。
 付き合った女性は皆都筑のことを「都筑さん」と呼ぶ。都筑自身が望んだことだ。中には下の名前で呼びたかった女性もいるだが、あまりべったりするのが嫌いな都筑は、苗字を呼ぶことから意識させたいと考えていたようだ。
 最初に付き合った女性があまりにも子供っぽくて、まるでお人形のようないとおしさを含んでいた。付き合っている時はそれでもよかったが、いざ別れるとなると態度が一変する。
 それまでの雰囲気はなりを潜め、こわばった表情はいつも鬼の形相をしていた。真っ赤になった顔はまさに「アカオニ」で、見つめられて萎縮してしまう自分が情けない。
 元々人に睨まれると萎縮して何も喋れなくなる方だが、それがエスカレートすればどうなるかなど、想像したことすらない。想像すること自体が恐ろしいのだ。都筑があまりなれなれしい態度を取る女性に警戒心を抱き始めたのはそれからだった。
 今でも彼女の夢は時々見る。ハッキリと覚えている夢の中でも鮮明な方かも知れない。夢の中で出てくるアカオニを見て真っ青になっている自分が見えている。客観的に夢を見るのだが、きっと昔の自分を夢で見ているからに違いない。
 夢というのは、客観的に見ている自分と、主人公である自分とが、共存しているものである。時々時系列が分からなくなったり、見ている方向がおかしな気持ちになったりするのを感じるが、それは夢を見ている自分と主人公の、二人の自分がいることを意識している上で、コントロールできないのが夢だと認識しているからだろう。
「都筑さんは、いつも落ち着いているから、落ち着いた女性が好きなのね」
 夢の中で彼女に言われる。思いもよらない言葉に驚いてしまって、
「そ、そんなことはない」
 必死で言い訳をしようとしている自分が情けなく見え、
「まぁ、かわいい」
 彼女の唇が妖艶に歪んだかと思うと、いきなり舌なめずりをして、じっと主人公である都筑を見詰めている。
――どうして気付かないんだ――
 夢を見ている都筑は必死で訴えようとする。もちろん声にならず聞こえるわけもない。これが付き合っていた頃の自分だと思うと、今手に取るように分かってしまっている自分の存在をその時に気付いていたのかという気持ちになる。
――そういえば、誰かに見つめられているような気がしたな――
 と考えれば、今この瞬間だって誰かに見つめられている気にもなるし、果たして今が夢か現か、判断に苦しんでいる。
 夢の世界での自分は実に従順である。いつも余計なことを考えて足踏みをしてしまう自分ではなく、時には思い切ったこともできるようだ。それだけに夢を見ている自分にはそれが見えるだけにハラハラしてしまうことがある。夢の中の自分の思考能力だけが、夢を見ている自分にあるように思える。
 夢というのは時として残酷なものだ。出てくることは過去の話が多いので、展開が分かっている。それは夢というものは潜在意識が見せるものだからだ。自分の心の中で蟠っているものや、気にかけていることを夢の中で見る。それがトラウマというものであるということは、起きた時に感じる荒くなった息遣いや、身体中にへばりつくように衣類を濡らしている汗が証明している。
 夢の中では色もなく音もないものだと思っているが本当だろうか? すべてのものがモノクロに見え、真空状態のような耳鳴りが響いている世界。声を聞いたように思えたり、真っ青な空や海を見たように思うのは、やはり夢が潜在意識の成せる業だからだろう。ハッキリ覚えていない夢だからこそ想像力が豊かになり、夢を見たということは、必ずそれ以前に夢の元になる記憶が頭の中に潜在している証拠である。
 ある日見た夢がまるでキーワードのように点在している。記憶をつなげれば、どこかにぶち当たるはずなのだが、それが合っているかどうか、自分でも分からない。
 その夢は夢の中にないはずの音と色を想像させる。都筑がいるのは空港のターミナルビルにある喫茶店、目の前に広がる滑走路からは、滑るように飛行機が飛び立っていく。その光景は普段の生活では想像もできないほど壮大に思え、いつでも来れるはずなのに、まるで別世界のように思わせる。
 空港には独特の匂いがあるようだ。そういえば夢にはないものに「匂い」もある。鉄の塊が空を飛ぶと思っただけで、鉄分を含んだ匂いを感じる。
 あくまでも妄想でしかないのだが、駅にしても空港にしても旅行カバンを持ってスーツに身を固めたビジネスマンを見ていると、自分もそのまま飛行機に乗ってどこかへ行くような気がして仕方がない。
 しかし、空港にしても駅にしても、ターミナルというところは別れの場所でもある。特に日曜日の夜などは、単身赴任のサラリーマンと家族、遠距離恋愛のカップルなど、皆表情はそれぞれで、自分たちの世界を持っているのだが、他人事としてみていればこれほどドラマになりそうなシーンは他にないように思えてくる。
 夢の中だからドラマなのだ。いろいろなシーンを想像しているが、結局は自分の潜在意識を逸脱することはできない。
作品名:短編集81(過去作品) 作家名:森本晃次