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オオサカタロウ
オオサカタロウ
novelistID. 20912
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Red eye

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 有坂はそう言いながら、地形と頭の中の地図を照合するように、現場の様子を眺めた。持ち場の資材置き場につながる二つの入口も、地図の通り。その片方から入った葉月は、スープラの隣にランドクルーザーを停めた。
「いい車を用意したんだな」
 有坂はそう言って、葉月が運転席から降りるのを待ってから、自分も同じようにした。田川と笠岡が資材置き場の入口に立っていて、葉月は言った。
「よう、真打ちの登場だ」
 笠岡は姿勢を正して、礼儀正しくお辞儀をした。田川も慌ててそれに倣い、頭を深々と下げた。有坂は苦笑いを返しながら、言った。
「あまり期待しないでくれよ」
 葉月が後ろで笑い、有坂はその言葉の響きに自分でも笑いながら、中に入った。土嚢がいくつか積んであって、相当低い姿勢を取れるようになっている。中には二人いて、小さく頭を下げた。上下関係というのは、いつまで経ってもついて回る。
「ライフルはどこだよ?」
 有坂が言うと、二人の内ひとりが、ガンケースを掴み上げた。双子のように同じ仕草で、二人で目の前まで歩いてくると、それを地面に置いた。
「開けろってか?」
 有坂は冗談めいた口ぶりで言うと、片方の膝をつこうとして、それでも前に向けた目線の先に、コートの下に隠れた散弾銃と、そのグリップを握りこんだ右手を見て取った。手が咄嗟に動き、右足が無意識に後ろに下がった。コートを跳ね上げた手が返ってくるのと同時に四五オートを抜き、有坂は二人に二発ずつ撃ち込んだ。勢い余って尻餅をついた有坂は、入口で二発の銃声が鳴ったことに気づいて、その態勢のまま入口に四五オートを向けた。
「葉月!」
 ドアを開いた葉月は、シグをひらひらと振った。
「おれだ!」
 葉月は小走りで駆け寄ると、有坂の手を引いて立ち上がらせた。散弾銃を持っていない方のコートを開いて、スリングに吊られたグリースガンを外した。有坂はコートに張り付いた埃を払い、安全装置をかけた四五オートをホルスターに戻した。葉月は、グリースガンを持ったまま早足で外に出て、スープラの運転席に回り込むと、ドアを開けて、申し訳程度の広さの後席にグリースガンを投げ込んだ。
「乗れ、時間がない」
 有坂は、田川と笠岡の頭がスイカ割りの標的のように割れているのを見て、四五オートを構えた。その銃口をまっすぐ見返した葉月は、言った。
「時間がないんだ」
「説明しろよ。何なんだこれは?」
 十五年ぶりだったが、体は勝手に記憶を呼び起こして、勝手に動いた。右手は自分の意思から乖離して動いているように、違和感の塊になっている。有坂がグリップを握る手に力を込めなおしたとき、葉月はスープラの運転席に乗り込んだ、助手席のドアを開き、諦めた有坂が乗り込むまで、辛抱強く待った。
 深い座席で身をよじりながら、有坂は残り三発になった弾倉を抜いて、新しい一本に差し替えると、言った。
「何が起きてる?」
「とにかく急ぐ。田川が発信機を押した」
 葉月が言ったとき、まるで会話を聞いているように、スマートフォンが光った。葉月はシフトレバーを二速に入れたが、アクセルを踏み込みかけた足を緩めた。イヤーピースを耳に差し込み、通話ボタンを押した。
「はい」
『発信機が鳴った』
 やや緊張感の含まれた、飯山の声。葉月は、隣に座る有坂にも聞こえるように、言った。
「逃げられました」
『車は?』
「スープラです」
『探させる』
 短いやり取り。葉月が通話を切ったとき、有坂は呟いた。
「葉月、今、おれは二人殺したんだ」
 葉月はうなずいた。シフトレバーは三速へ押し込まれ、スープラは猛然と加速を続けている。緩やかなコーナーでリアが流れかける直前で持ち直し、長い直線に入ったとき、四速へ上げた葉月は言った。
「お前なんだ」
「何が?」
 ドアグリップで体を支えながら、有坂は言った。景色の流れが速すぎる。しかし昔は、これが普通だったのだ。葉月はアクセルをやや緩めて、回転を落とした。
「三百七十メートル? こんなご時世に、狙撃の仕事があると思うか?」
「それしか、やりようがなかったんだろ」
 有坂はそう言って、しばらくフロントガラス越しに景色を眺めていたが、すぐに結論に行き着いて、ヘッドレストに頭を預けた。
「そうかよ」
 葉月の言葉は、完全に意味を成していた。有坂は宙を仰いだが、サンバイザーが見えただけだった。あの波止場の資材置き場が、終点だったのだ。
「おれは、あそこで殺されるはずだったのか?」
「そうだ。この仕事は、お前を殺すためのお膳立てだった。でも、お前は四五口径を持ってた。あれは計画に入ってない」
 葉月はそう言うと、フロントガラスへ顔を向けたまま、口角を上げて笑った。有坂は、小さく首を横に振った。
「お前、なんてことをしたんだ。殺されるぞ」
「散弾銃で顔を吹き飛ばされていた方が、よかったか? お前を呼ぶように提案したのは、おれだ。そうじゃなければ、家に行くことになってた」
「どうして、今更? おれに人生を与えて、十五年後におつかれさまでしたって、全部奪うのか?」
 有坂は、事態をできるだけ速く飲み込もうとしていた。理解して、葉月の話すペースに追いつこうとしていたが、到底間に合っていなかった。葉月は言った。
「社長は、廃業して堅気になるつもりなんだよ」
 車内に数秒の沈黙が流れた後、有坂は言った。
「厄介な事情を知っている人間は、消すつもりなんだな。お前は?」
「おれは退職金を約束されてた。長い間、仕えたからな。でも今となっては、もらえるかは微妙だね」
 葉月が言うと、有坂はしばらく神妙な表情を浮かべたが、ついには堪えられなくなり、笑いだした。葉月も肩をゆすりながら笑い、シフトレバーを三速に落とした。工場跡に停められているランドクルーザーの前で急停車した葉月は、有坂に降りるよう手で促した。真っ暗な工場跡の入り口で向き合い、葉月は言った。
「スクラップヤードの場所は覚えてるか?」
 昔から変わらない、使用済みの車の処分場。有坂がうなずくと、葉月は続けた。
「そこに一台用意してある。白のファミリアだ。おれの車で、そいつを拾いに行け」
 葉月が鍵を投げると、有坂は反射的に受け取ったが、違和感を頭から払おうとするように、かぶりを振った。
「さっきの電話で、おれがスープラに乗って逃げたって、言ってなかったか?」
「言ったか?」
「引退しても、耳は聞こえてるよ。このスープラはどうする?」
 有坂はその場から動かなかった。葉月は、ランドクルーザーに向けて顎をしゃくった。
「その車で、ファミリアを取りに行け」
 そう言って、葉月はスープラのドアを開けた。背中に何かがぶつかり、反射的に振り返った葉月は、有坂が鍵を投げ返したことに気づいた。地面に落ちた鍵を拾い上げたが、再度投げる気にはならなかった。有坂が若いころによく作った、剣呑極まりない表情。その目には常に、銃身線が見えていた。
「あと二十発、残ってる」
 葉月は答えず、運転席に座った。それでもすぐには発進せず、助手席に有坂が乗り込むまで待っていた。有坂は言った。
「計画を教えろよ」
「このスープラの現在地は、GPSで把握されてる。逃げ切ったことを確認するためだ」
「逃走用の車は、昔からそうだったな」
作品名:Red eye 作家名:オオサカタロウ