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オオサカタロウ
オオサカタロウ
novelistID. 20912
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Red eye

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 葉月は短く言って、立ち上がった。戸棚の引き出しを開けて、ダッフルバッグを取り出す後姿を見ながら、有坂は葉月の過ごした二十年間を想像した。若いころの葉月は、女によくもてた。結婚など想像もつかなかったし、恋人は次々と入れ替わった。今は、これ以上ない地位を得ている。この業界で現役上がりの四十七歳というのは、それだけで奇跡のような存在だ。若いころ、二人で話していた『ライフプラン』は二つあった。ひとつは葉月のような、業界を隅々まで知る伝説的な男。もうひとつは、自分のような引退に成功した男。そのひとつずつを、こうやって体現している。しかし、葉月の背中はあまりにも疲れて見える。
「なんでも博士」
 有坂が言うと、葉月はダッフルバッグを床に放って、笑った。
「懐かしいな」
 二十年前、仕事が終わった後の朝飯。横転したランサーは、今でも覚えている。佐山を家に帰し、開いたばかりの喫茶店でモーニングを食べながら、二人で語った。引退して家庭を持てたら、晴れて『ファミリーマン』の称号を得る。しかし、組織で生き残ったら? その言葉が思いつかなくて、目玉焼きを食べながら葉月が思いついた精一杯の答えが、『なんでも博士』だった。
 再び向かい合わせに座り、葉月は言った。
「明日、駅まで送る。資料はこのバッグに入れておくから、よく考えてくれ」
「仕入れとオークションで何日か空けるって、言ってある」
「じゃあ、今晩は泊まって、明日からはホテルを取ってくれ。費用はおれが持つ」
 葉月の言葉に、有坂は笑った。その笑い声が言葉に変わる前に、葉月はメモを差し出した。
『この部屋は、盗聴されている』
 有坂が、昔からの癖で葉月の目をまっすぐ見据えると、葉月は呆れたようにソファにもたれた。このタイミングで伝えたのは何故なのか。有坂は一瞬考えたが、マッカランに視線を向けながら言った。
「飛び込みを受け入れてくれりゃいいが。この家じゃだめなのか? 掃除ならしてやるぞ」
「変に触ってもらいたくないね。お前が掃除?」
「結婚ってのは、人を変えちまうもんだよ」
 有坂はそう言って、笑った。誰が盗聴しているか、それは明らかだ。自分たちの仕事でも必ず、ひとりのオブザーバーがいた。聞いているのは、ドライバーの田川なのか、それ以外の誰かかもしれない。有坂は言った。
「相変わらず、嫌な仕事だな」
「全くだよ」
 葉月はそう言うと、精一杯くつろぐように伸びをした。有坂は自分でマッカランをグラスに注ぎ、ひと口飲んだ。あの朝飯のとき、『なんでも博士』にひとしきり笑ったあと、葉月は突然『元々、価値のなかった命』と言った。それが二人を指す最も適切な言葉に思えて、間に合わせにコーヒーで乾杯したことを覚えている。
      
 朝九時に駅前で有坂を降ろし、葉月はランドクルーザーで波止場の近くの工場跡に向かった。六人の社員の内、四人がここで待機している。見た目は廃工場だが、電気が引かれていて、簡単な自炊ならできる上に、寝具や整備用の道具も揃っている。葉月がランドクルーザーを停めて運転席から降りると、テーブルを囲んでいた三人が席から立ちあがって、頭を下げた。葉月は目線だけで応じると、主役のように真ん中に停められた、逃走用の黒いスープラRZのもとへ歩いて行った。田川はボンネットを開け、中を覗き込んでいたが、足音に気づいて振り返り、姿勢を正した。
「おつかれさまです」
「走りそうか?」
「はい」
 田川はそう言って、三リッターの直列六気筒エンジンを見下ろした。タービンは二つ装備されている。一回使えば、二度とその姿を見ることはない。逃走がただのドライブで終わったとしても、このスープラはスクラップ行きだ。
「葉月さん、昔はドライバーだったと聞きました。この車は、どう思いますか?」
 田川はたどたどしい、緊張した口調で言った。葉月は笑った。
「おれが現役だったときは、車はもっとポンコツだったよ」
 言いながら、葉月は視線を移した。テーブルの前にいた三人は、ハイラックスの荷台に積まれたケースを取り出してテーブルに移し、中身の確認を始めている。銃身を短く切り詰めたレミントン八七〇と、不格好なサプレッサーの取り付けられたグリースガンが二挺。海外の警察で使われていたものだ。バイヤーが誰だったかは、もう思い出せない。
 田川がボンネットを丁寧なしぐさで閉じて、言った。
「この後、どうしますか?」
 誰が広めたのか知らないが、また廃業の話。葉月は笑った。
「たこ焼き屋でもやるか」
 田川は、自分が真面目に取り合われることはないと悟ったらしく、一礼すると三人の元に合流した。スープラは後期型で、フロントとリアでタイヤのサイズが異なる。これも、当時出たばかりのころに、有坂とよく話した、『夢の車』だった。パッと買えるだけの資金はあったが、見逃してきたもののひとつになった。物に対するこだわりというのは、相手が生き物でない以上、全てが過去に向けられている。そこに、未来はない。流線型の車体を眺めた後、葉月は四人のもとに近寄った。
「弾は?」
「四五口径はミリタリーボール、散弾はダブルオーです」
 田川の隣で、グリースガンの薬室を開いている笠岡が言った。
「ボディアーマーは?」
「ありません」
 笠岡は笑った。現世代の『引き金』は、自分が撃たれるつもりがない限り、撃たれることはないと信じているように見える。トランスミッターの埋め込まれたボタン式の発信機を人数分揃えて、他の三人の反応を試すようにボタンの面に触れた。
「おい、押すなよ」
 田川が額を汗に浮かべて言った。笠岡は初めからそのつもりなどないように、口角を上げて笑った。発信機はいわゆる『緊急シグナル』だ。想定外のことが起きたときにボタンを押せば、飯山と葉月のスマートフォンに瞬時に伝わるようになっている。
     
作品名:Red eye 作家名:オオサカタロウ