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ユキ

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 これまでのユキの話を聞いていて、今までの彼氏に野球選手が多かったことから、ユキの野球好きがわかる。
「けどほんま怒らんと聞いてなァ、健太郎と付き合っていたころなァ、T農大の子とも付き合ってたんやんかァ。
 ほんでな、ワタシ何回か東京にも行ってたんよ」
 ユキは顔の前で手を合わせ、ゴメンといったポーズをとった。
 ここまで聞くと、ほとんどもう返す言葉がなくなっていた。
 僕はユキがそれ以外にもT電力に勤めていた男と付き合っていたことも聞いた。
 この男はなかなかの男前で背も高く外見は申し分がなかったらしいが、セックスに関しては淡白過ぎてユキには合わなかったらしい。
 僕は興味本位に聞き始めたことだったが、しまいにはいささかうんざりし、ユキの過去の男の影に打ちのめされそうな気がした。
 表情が曇ってきた僕にやっと気が付いたユキは、ハッとしたように真顔になって、
「健太郎が話せゆうたからやわァ。
 けどごめんねェ、くだらんことべらべらしゃべりすぎたみたい」
 とユキも少し後悔したように言った。
 僕は気を取り直すように、
「ユキちゃん、今度、ワタシを通りすぎていった男たち、なんてタイトルの本でもだしたらええかもしれんぜェ」
 とからかうように言った。
「ワタシなんて、まだまだ、遊んでないほうなんよ」
 と悪びれずユキは言った。
 僕は何をぬかすかという気分だったが、今そのユキを今度は僕が通りすぎる一人に加わっているのかもしれないと思った。
 店内は相変わらず適度の客の入りといった混み具合で、時間を気にすることもなくゆっくりと話ができたため、ふと気が付くと十時を少し過ぎていた。
 僕達はここで三時間近くも話しをしたことになる。

 11

 外は相変わらず激しい雨が降っていた。
 僕は市街地を離れ今夜泊まるモーテルを捜しながら、雨で見にくくなったフロントガラスに顔を近づけてゆっくりと走った。
 そうした中、突然のようにユキが雨音にかき消されるような声で、
「信じられへん話なんやけど、ワタシなァ、おとうちゃんにいたずらされてたんよ」
 と言った。
 僕は一瞬驚きに声が出なかった。
「中学校の頃から、おとうちゃんがワタシのフトンに入ってきて、体触るんよ……。
 ちょっとだけやからいいやろうゆうてなァ……。
 はじめびっくりして、心臓止まるか思うたけど……」
 僕は時々電話に出ては、頼りないような声でユキの不在を告げる父親の声を思い出した。
 以前ユキから聞いた家族の話では、父親は大手のデパートに勤めており、富山から単身大阪にやってきてI市に家を建て住んでいることや、大阪生まれの母親は専業主婦で父親より恐いということや、兄弟は妹が一人いて現在短大生であることなどを聞かされ知っていた。
「けんど、お父さんって、実のお父さんなんやろ?」
 僕は近親相姦の話を実際に聞かされて、本当にこういうことがあるということに今更のように驚いた。
「実の父親や、ホントウにホントウの父親や。
 だいっ嫌いやけど……」
 ここまでいうと、ユキは涙ぐんでしまい、
「ホントウに、何度殺したろうか思うたかしれへんよ……」
 ユキはそう言うと泣き崩れた。
 僕は人家の少なくなった道を、ほとんど止まるようなスピードで走っていた。
 その後しばらく走って、郊外のモーテルに入った。
 部屋に入ってからもユキは肩を震わせしばらく泣いていた。
 僕は何故ユキが一番隠しておきたいことを話したのか疑問だった。
 ファミレスで過去の男達のことを話したことを後悔したが、話してしまった以上隠さず全て話して、赤裸々な自分を見せたうえ僕の気持ちを確かめたいと思ったのか?
 はたまた、自分の男遍歴の原因を僕にわからせたかったのか?
 どちらにしろ、唐突過ぎて頭が混乱していた。
 僕はユキの小刻みに震える小さな肩をどうすることも出来ずにしばらく見ていた。
 ユキの小柄で華奢な後姿が、少女のように見えた。
 愛しくなりそっと後から抱きしめた。
 その夜、僕はユキを何度も何度も繰り返し抱いた。
「ワタシなァ、自分のことめちゃめちゃにしたいんや」
 と言って、ユキは僕の求めに応じ、体をくねらせながら獣のような声でよがった。

 12

 僕とユキはグッタリしたようにベッドに横になった。
「あのなァ、健太郎にもう一つだけ、嘘ついているんよ」
 ユキは、素っ裸のまま、こちらに向き直りながら言った。
「どうしたが?」
 僕は朦朧とした意識の中、目を閉じたまま聞き直した。
「あのなァ、実はいまワタシ、妻子ある人と付き合っているんよ」
 ユキは僕が黙ったままでいることを気にして、
「けどなァ、健太郎が許してくれるなら、別れるから、なァ、なァ」
 と僕の体をゆすった。
 僕は奔放な男遍歴の原因が父親にあることを感じながら、ユキに生まれながらにそなわった淫乱な血を感じた。
「その男といますぐ別れてくれるんやったら、ユキちゃんと一緒になることは考えてもいいけど……。
 もしも別れんかったら、もう終わりにしよう」
 僕は正直今のユキとは、一緒になっても絶対に男のことで苦労する羽目になるだろうと思った。
 ユキとはこのままずっと、今の関係を続けていけさえすればいいと、身勝手に思っていた。
 しかし、ユキは本心なのかどうなのかわからないように、一緒に暮らしたいとか、僕の子供を産みたいとか言った。

 13

 ユキとの再会後の付き合いも、かれこれ半年が過ぎた。
 僕は田舎の彼女や彼女の家族に押し切られるような曖昧な気分のまま、結納の日が今月末に差し迫っていることに、日々気が重たくなっていた。


 ユキとしばらくぶりに会った。
 高知空港で待合わせをし、その後徳島県の池田町に向かった。
 途中、大歩危小歩危や祖谷のカズラ橋に寄って観光し、昼過ぎに池田町に着いた。
 池田町にある県立池田高校も高校野球ファンにとっては、知らない者がないくらい有名だった。
 ユキも僕も高校野球が好きだったことから、池田高校に行ってみたかったのである。
 僕達は池田高校に行って野球部の練習を観た。
 ユキは池田高校の正門をくぐるとき、
「ワタシなんだか恐いなァ」
 と興奮気味な顔をして言った。
 余程野球が好きらしい。
 だから、過去に野球選手と付き合ったのは偶然ではない。
 徳島の池田高校と言えば、この頃は甲子園で常に上位に勝ち残る強豪であった。
「すごい、まるでノンプロ並みのレベルやね」
 僕は一つのポジションに最低七八人がいて、その誰もが華麗な守備をするのに、圧倒されていた。
「ほんま、すごいわァ」
 とユキもあこがれの池田高校の選手達をまぶしげに眺めていた。
 僕達は一時間程練習を見続けていた。

 14

 僕とユキは小さな池田町の寂しげな商店街の中の喫茶店に入り、コーヒーを飲んだ。
 僕はユキと会うのはこれで最後にしなければいけないと内心思っていた。
僕はユキの顔を、これが最後になるのかといった感傷的な気持ちで、しげしげと見つめた。
「どうかしたん、健太郎?」
「いや別に、どうも……」
「何か、考えているんとちゃうの?」
「いや……、別に」
作品名:ユキ 作家名:忍冬