ユキ
結局この日を境に二人の女と同時に付き合うことになった。
7
ユキと夏季休暇を利用して香川に遊びに行った。
高松市の栗林公園や桃太郎の鬼退治で有名な通称鬼が島こと女木島に船で渡り、その後金毘羅山詣でをすませた頃日が暮れてきた。
うだるように暑い一日だった。
僕は今日一日動き回って疲れていたため、早く宿に入りビールを飲みたいと思った。
近くで泊まれそうなモーテルを走りながら捜した。
僕はいつも目的なく動いていたため、普通のホテル等に予約して行くというようなことはしない。
しばらく車で走ったが、盆時期でもあり、どのモーテルも満室だった。
市街地からかなりはずれに来た時、山の影に隠れるように古びたモーテルがあった。
もうこれ以上捜しつづける気にもなれず、そのモーテルに入ることにした。
案の定部屋の中は薄暗く、怪談話に出てくるような寒々とした雰囲気があった。
僕とユキは顔を見合わせて苦笑した。
ユキにはこういったときにも、あっけらかんとした明るさがある。
浴衣に着替えてビールで乾杯した。
僕は今日女木島に渡る船の甲板に二人立ちながら、理由もなく淋しい気持ちになったことを思い出していた。
それはどういうことなのか?
田舎の彼女に対する後ろめたさのようなものか?
あるいはなんとなく、瀬戸内海の静かな海を眺めていて、ユキといつまで続くかわからない恋の行方を思ってセンチになったのか?
考えても、よくわからない。
おそらく、色々なことがないまぜになった感情なのだろう。
そして、今夜のモーテルにとどめをさされた。
僕とユキが恋の逃避行を続ける罪人のように思え、そんな感情も手伝って僕はユキを狂おしく、抱いた。
僕はユキから、ぐったりして体を離した。
その瞬間ユキの股間からゆっくりと流れ出る精液が目に入った。
「おいおい、スキンが破れたみたい」
と僕は慌ててユキに言った。
ユキも慌てて起き、すぐにティッシュでていねいに拭った。
「大丈夫やろうかねェ?」
と僕が聞くと、ユキは疲れきった顔でわずかに微笑み、
「心配ないよ」
と言い、そのままぐったりと横になった。
8
一ヶ月振りにユキとまた徳島市内であった。
ユキの実家からだと、フェリー便の関係で徳島が来やすいため、徳島市内で会うことが多かった。
しばらく徳島の市街地を車で走っている時、
「まだこないの」
とユキがか細い声で俯きがちに言った。
僕は瞬間意味を解せず、
「えっ、なに?」
と聞き返した。
「今月予定日が過ぎているのに、生理がこないのよ」
とユキは、僕の顔を少し恥ずかしげに見た。
「ええッ、ホントウかい?」
と僕はうろたえて、ユキの顔を見返した。
「ホントウなの」
どうやら冗談でないことが、ユキの表情からわかった。
僕はその瞬間、これはえらいことになったと思いつつ、自分の子供が出きたという薄気味悪さを覚えた。
その後しばらく車で走りながら、田舎の彼女が薬局勤めをしている関係で、産婦人科へ行かなくても、妊娠しているかどうかを調べるものが、薬局にあると聞いていたことを思い出した。
「ユキちゃん、薬局に妊娠しているかどうかを調べるものがあるらしいけど、試してみる?」
と僕が促すと、ユキも素直にしたがった。
通りすがりの薬局で買い、店から出てきたユキは、
「けどワタシ、出来ていたら産みたいな」
と僕の反応を探るように言った。
「そうやね、出来ていたらしょうがないもんね」
と心にもないことを言った。
その瞬間、ユキの表情が緩んだように見えた。
9
「どうだった、妊娠してなかったかい?」
次の週に会ったとき、僕は内心ドキドキしながら聞いた。
「あったよ、あれからすぐに生理がきたわ」
とユキは、少しむくれたような顔をして僕を見た。
「ああそうかそうか、良かった、良かった」
と胸をなぜおろすと、ユキは僕の横顔を恨めしげに見ていた。
この頃からユキの態度も段々と遠慮がなくなり、「吉見君」から「健太郎」と名前を呼び捨てるようになった。
「ワタシ、今度健太郎の田舎にも行ってみたいけど、だめかなァ」
とあるときユキが言った。
僕はそれとなく現在付き合っている彼女のことも話していたが、田舎の彼女は知らずにいたから、田舎にユキを連れて行くことには抵抗があった。
そのころの僕は、田舎の彼女にも結婚をせまられるようなことを言われはじめ、正直気が重くなっていた。
ユキと会うことでそういった気分を紛らわすこともでき、夢見るようにユキとどこか見知らぬ土地で暮らしたいという漠然と思っていた。
ユキには田舎の彼女にない自由さがあった。
「ユキちゃんのところからだと、あまりにも遠すぎるよ。
いつかまとめて休みが取れるときに遊びにおいでよ」
僕達は大概週末の土日にあっては、一泊二日の逢瀬を楽しんだ。
ユキを抱くたびに惹かれていき、虜になっていく自分が恐かった。
10
ユキと小松島のフェリー乗り場で待ち合わせ、室戸岬を観光した後、雄大な太平洋を左手に眺めながら高知市内まで走った。
高知市内に入った頃から雨が降り出し、しばらくするとフロントガラスを叩きつけるような豪雨になった。
僕達はファミレスに入り夕食をとった。
遅い時間にも関わらず、週末のファミレスは家族連れや恋人達で賑わっていた。
ユキは酒も飲める方であり、ユキにビールをすすめた。
「健太郎ゴメンネ」
と言って、おいしそうに生ビールのジョッキーを口にした。
その口元を見ながらユキにはピンクのルージュがよく似合うと思った。
ユキはほんのり赤くなった頬をして、少し酔ってきたのがわかった。
ユキは普段も間延びしたような甘ったるい声で話すが、酔えばもっと甘ったるくなる。
僕達はいつのまにか今までに付き合ってきた異性の話をしていた。
ユキは酔いに気分が良くなりよくしゃべった。
ユキは高校の頃、南海ホークスの若手選手と付き合っていた話を始めた。
それによると、ユキがその選手のフアンであり、よく練習を観に行っていた。
いわゆる追っかけである。
そうこうするうちに、その若手選手から声をかけられ付き合い始めた。
僕もその選手のことは名前だけは知っていた。
しかし一年も付き合わないうちにその若手選手は、交通事故で死んでしまった。
今でもそのときのことを思うと辛くなると涙ぐんだ。
その前にも、兵庫県の高校野球の名門、T校の甲子園球児とも半年ほど付き合ったらしい。
そして以前僕と付き合っていた時には、大阪のK大硬式野球部の男と付き合っていたことを正直に話した。
僕は、
(そう言うわけだったのか)
という、いまさらながらピエロだった自分を憐れに思った。
この男とは、別れ話ですったもんだあって、
「お前と別れるんやったら、お前を殺して俺も死んだるゆわれてなァ、ほんとう大変やったんよ。
その時高速走ってて、ジグザグ運転するんよ、ほんとう、ごっつう恐かってん、このまま死ぬか思うたわ」
そのことを思い出しながら、忌々しそうに言った。