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ユキ

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 その時ユキは横に並んで立っている女性を僕に紹介した。
 僕は内心、
(なぁんだ、一人で来たんじゃないのか)
 とがっかりしたが、表情を変えずに彼女に会釈した。
(二人で来るんなら、二人で来ると言えばいいじゃないか。思わせぶりなことしやがって)
 と、よからぬ想像でこの一ヶ月あまりを過ごした僕は、しらけた気分を味わった。
 一緒に遊びに来た彼女は、ユキの職場の同僚だった。 
 前に郷里で会った時もそうだったが、ユキが行動をともにする女の子は、真面目そうな、どちらかといえば野暮ったい感じの子だった。
 僕はユキ達を連れて、鎌倉や横浜の外人墓地や中華街といったところを、二泊三日の間せっせと案内した。
 夜の山下公園を散策している時など、ユキと二人きりであればどれほどよかったろうと思いながら歩いたものだ。
 彼女達と僕のアパートでお酒を飲みながら、深夜まで談笑した後、僕は後ろ髪引かれる思いで先輩のアパートに寝に行った。
 僕はユキに本気で恋をし、最後に東京駅で見送る時切なくなった。
 新幹線のドアが閉まった後、ユキも名残惜しそうに僕を見つめていた。

 4

 このことをきっかけに、僕は手紙でユキに正式に交際を申し込んだ。
 ユキからの返事には、

 この間のゴールデンウイークには大変お世話になりました。
 ワタシも吉見くんと別れたあと、すごく寂しくなって、このままひき返してしまいたいと、思うほどでした。
 鎌倉や横浜のことは、とてもステキな思い出になりました。
 本当にほんとうにありがとう。
 吉見君もワタシ達をずーっと案内してくれて、疲れたでしょう。
 ゴメンね。
 最後に交際の件ですが、こんなワタシでよかったら、喜んでお付き合いさせてもらいます。
 それでは、また。
 お手紙待っています。
 電話も大概九時過ぎには帰っていますので、いつでもしてきてね。
                                ユキ


 とあり、僕はその手紙を持って思わず「ヤッター」と叫んでいた。
 僕はこの日から、週末になれば必ずといっていいくらい、大阪のユキの実家に電話した。
 僕の部屋には電話がなかったから、近くの公衆電話へ行って、山のように積んだ百円玉が残り少なくなることを、恨めしい思いで見ながら、取り止めのない話をした。


 それからの二ヶ月程は、公衆電話に足繁く通った。
 しかし、梅雨があけたくらいからユキの様子に変化が見えてきた。
 いつも帰りが遅くなり、九時過ぎくらいに電話をしても帰っていないことが多く、段々と電話で話す回数も減っていき、たまに話しても、妙に話が弾まなくなってしまった。
 時々電話に出る妹の対応も迷惑そうな感じを露骨にあらわすようになった。
「しつこくかけられて困っている」
 と、ユキが妹に言っているのではないだろうか、と勘繰ってしまう。
 ユキは夜遅くなるのは仕事のせいだとずっと言っていた。
 僕はしっくりこなくなったのは、直接会えないからだと思い、夏休みに高知に帰省する途中でユキに会うため大阪に寄った。
 私鉄の南海線に乗って、ユキが待つI市に行った。
 僕がI市に降り立った時、ホームにユキはまだ来ていなかった。
 僕は昨日の電話口で会いに行くと告げた時の、ユキの反応の悪さを思いだした。
 待ち合わせの時間が一時間を過ぎても、ユキは現われなかった。
 駅で待つ自分が、段々と惨めに思えてきた。
「ゴメンネ、遅くなってしまって」
 ユキはあまり遅くなったことを気にしている様子もなく、悪びれずに言った。
 その後僕達は駅前の喫茶店に入り、コーヒーを飲んだ。
 僕はユキの様子がよそよそしくなってしまったことに気付いた。
 一時間程たった頃、
「今から仕事の関係でいかないといけないんで……」
 と席を立ちかけながら言った。
 僕は帰る電車の中で、
(チキショウ、こんな女のことなんか忘れるぞ)
 と、哀れな自分に言い聞かせていた。
 僕とユキとの一度目の交際は、こんなあっけない終わり方をしたのである。

 5

 道路標識が徳島市内に入ったことを示した。
 時間は八時に十分前である。
 自宅を十一時前に出て、途中食事に休憩しただけで、後はひたすら運転した。
 道中、ユキとの苦い最後の場面も思い出したが、現金なもので惚れていた女にまた会えると思えば心が弾んでいるのである。
 国鉄徳島駅に着くと、すぐにユキを見つけた。
 ユキのそばにいる若い女が何やらユキと立話をしている。
 瞬間僕は、大学時代のことを思いだし、
(なんだ、また連れがいるのか)
 と、落胆しながら近づいて行った。
「カレしぃ、カノジョな、さっきまで、変なおっさんに口説かれていたのよ」
 若い女は、どうやら変なおじさんからユキをガードしていてくれたらしい。
 僕達は、若い女に礼を言って、車に乗った。
「待ったんじゃない?」
「いや、それほどでも」
 僕はユキが以前より化粧も濃くなり全体的に派手になっていると感じた。
 僕達は市内のファミレスに入り、遅い夕食をとることにした。
「ホントウに久しぶりやね、仕事の方順調にいきよる?」
「おかげさまで……、吉見君も市役所の仕事大変でしょう。
 今何課にいてるの?」
「教育委員会の学校教育課で、偉そうな教師の相手をさせられよう。
 しかしまさかこうやって、もう一度ユキちゃんと会えるとは思わなかったから、うれしいよ」
「そうね、ワタシも」
「もうどれくらい経ったんかね……。
 ええっと、かれこれ五年になるんかぁ、早いもんやねぇ」
「そんなになるかしら」
 僕は最後に会ったときのよそよそしかったユキからまた以前のユキになっていたことが嬉しかった。
 僕達は二時間ほどゆっくりと思い出話をしながら食事をした。

 6

 車で走りながら、ユキが今夜のホテルを予約していないか、気掛かりだった。
 夜遅くに待合わせをしたのは意図があってのことではなかったが、ユキにその気がなければ、前もってホテルを予約しているはずだと思った。
 僕は徳島市街地をあてもなく走りながら、ユキがいつそのことを言うかひやひやしていた。
 市街地を外れ、郊外をしばらく走るとモーテルの看板が目立つようになった。
 いくつかのモーテルを通りすぎながら、僕はユキが今夜を共にする覚悟でいることを確信した。
 僕は前方にモーテルの明かりが見えるところに車を止めて、しばらく躊躇した後、意を決し、
「いいかい、入るよ」
 と促すと、ユキは小さく肯いた。


 その夜、僕はユキをはじめて抱いた。
 大学の時狂おしく恋焦がれたユキとは、一度も結ばれぬまま別れてしまったが、些細なことがきっかけで再会し、しかもあっさりと夜を共にできたことが不思議だった。
 僕は静かな寝息を立てて眠るユキの寝顔をいつまでも愛しく見つめていた。
 朝方目が覚めた僕は夢でなかったことに安堵し、まだ夜が明けきらないうちに、もういちどユキを確かめるように抱いた。
 その頃の僕には、地元に付き合って二年になる彼女がいた。
 しかし、心のどこかにユキにもう一度会いたいという思いがくすぶり続けていたのである。
作品名:ユキ 作家名:忍冬