おその惣助物語(五話まで)
一話 惣助
春。田や畑を耕す農夫や妻たちは汗水を垂らして、泥まみれの鼻の頭に伝ってくる熱い汗を、泥に汚れた手の甲や首元の手拭で拭う。そうして鍬をふるい、鋤を打ちおろして引いた。
畝が出来ると種を撒き、毎朝雑草を引っこ抜いては水を撒く。田の土が呼ぶ頃になれば、用水を率いて丁寧に一つずつ苗を植えた。屈んで苗を植えるので、時折農夫は痛む腰を伸ばし、見下ろした苗の小さないじらしさに満足して、照りつける日を眩しそうに見上げる。
しかし、春から曇りや雨の日が続き、お日さんが顔を出さないとなる年がやってきた。
風も吹かない、薄ら寒い夏の日には、稲は伸びもせず、秋になっても一向に刈り取りに掛かれない。青いままの米を付けただけで、稲穂は死んでしまった。
収穫も出来ずに、籾も獲れないとなれば、もうどうすることも出来ない。農夫も妻も途方に暮れて、土間にじっと座り込んだままの夫に、妻はやっと欠けた湯飲みで白湯を差し出した。そして、こう聞く。
おめえ、どうするね。
そうすると、夫はうやむやに首を振り、下を向いて両手で顔を押さえつけ、手のひらの間からため息を吐いた。
妻は夫が折れてしまいそうになっているから、言葉も掛けられずに躊躇いながらも、夫が立ち上がればそれこそどこまででも働くつもりであった。
そんな夫婦の元へ、何やら自分も悲しい顔をしなければいけないとわかっているだけの、ほんの頑是ない子供がちょいちょいと寄ってきた。そして子供は、おっかさんの膝元へ座りたがる。
いいこだ、おめえは心配おしでねえよ。
妻が子を抱いてそう言うのを聴き、夫はやっと顔を上げ、一度むっと頷くと、六つほどの子供の頭を撫でさすった。そうして、まだ大して世間を知らない子供を置きざって、妻へと顔を向ける。
今晩、申し訳を考えなくちゃなんねえだ。
夫は、困り果てた中に懸命な糸を張り詰めさせる。
んだね、庄屋さまにもこんじゃ申し訳立たねえだから、おらも考えるだよ。
妻も夫に倣い眉を寄せたが、この妻もまた、何が起きようと諦めまいと心に決めていた。
そんな相談をすると、親子は寝間のすのこに敷かれた布団に上がり、三人で川の字になって眠るのであった。
作品名:おその惣助物語(五話まで) 作家名:桐生甘太郎