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跡始末

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4:密命



 そして、今。

 当代、十二代目早水 麗京の伏せる座敷には、彼の弟子達が雁首を並べ、重苦しい空気で佇んでいる。彼らの座する中央の卓子には、茶が人数分淹れてあるが、誰も手をつける者はおらず、誰もが黙って下を向いている状況だった。
「……皆、話がある」
麗京は、突如伏せていた目を開く。そして、弟子の方を見向きもせず、布団の中から天井をにらんだまま話を切り出した。その声が届くとともに、師匠の元に這い寄る弟子たち。
「これから言う事は、わしの遺言だと思って聞いてほしい」
弟子たちは、真剣な面持ちで、麗京の布団を囲みながら、顔を凝視している。
皆の視線が集中する中、大きく咳を一つして呼吸を整え、麗京は重々しく口を開く。
「単刀直入に言う。
 ぬしらの中に、この早水流の看板を背負える者は誰もおらん。
 済まぬが、わしの死を以って早水流は、解散とする」
その言葉を聞いて、弟子達は驚愕した。主だった弟子たちは、皆自分自身が早水流の後継に選ばれると思っていたのだ。その当てが完全に外れてしまった弟子たちは、口々に騒ぎ出した。中には麗京に迫り意見しようとする者もいたが、それはさすがに他の弟子が制す。
「ぬしらはいささか欲に塗れ過ぎた。
 それでは黒衣や後見は勿論、流派の長などとてもじゃないが務まらん」
弟子達の狼狽ぶりを目の端に収め、麗京は呆れたように呟いた。そして、もう一仕事とばかりに、疲労しきった顔で一人の弟子を呼びかける。
「明乃丞、明乃丞はおるか」
「……ここに」
末席に佇んでいた年若い男━━早水 明乃丞(はやみず あけのじょう)は、師匠の床に音も無くにじり寄った。
「弟子となってまだほんの半年ばかり。
 一度も舞台を踏ませずに、こんな体たらくになってしまった。
 これも一重にわしの力不足。
 お前には、本当にすまないと思っておる」
麗京は一度言葉を切り、再び咳き込んだあと言葉を継ぎ足した。
「そんなお前に、さらなる頼み事をするのは心苦しい。
 だが、もうあやつらは当てにできんのでな」
軽蔑しきった表情で、口論や掴み合いに熱をあげている弟子達を眺める麗京。
「師匠、どういったお頼みでしょうか」
神妙な顔つきで、明乃丞は師に尋ねる。
「実はな、わしの出る芝居が三日後に控えておる。
 恐らく、その頃わしはもう、この世にはおらんだろう。
 じゃが、仕事を休んだ事の無いわしじゃ。死んだ程度で芝居に穴は開けられん。
 そこでだ、お前はわしに成り代わってその日の芝居に出ろ。
 幸い、黒衣は顔を隠せるからの」
無茶な話だった。一度も舞台に上がったことのない男が、この歴代でも五指に入る偉大な黒衣に成りすませというのである。だが、明之丞に許された返答は、一つだけだった。
「……お頼みとあらばこの明乃丞、分不相応ではありますが、必ずやり遂げます」
頭を下げて承った明之丞に、師匠はさらに言を継ぐ。
「そして、わしは舞台の直後に急死した事とせよ。
 その後、速やかに葬儀と派の解散手続きを終えるのだ。
 良いか、一切他の弟子どもに任せてはいかん。
 手数をかけてすまんが、必ず執り行ってくれ。
 くれぐれも、頼んだぞ」
これだけのことを言い終えると、麗京は明乃丞に下がるよう指示した。

作品名:跡始末 作家名:六色塔