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跡始末

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3:中興の祖



 初代の急逝による大きな危機の中にあった早水流を救ったのは、一時しのぎで後を襲った二代目とその嫡子、三代目早水 麗京であった。
 二代目は、元々初代の逝去に伴い、急遽外部の流派から招かれた所謂『外様』であった。彼は、専横によって早水流を我が物にすることも可能だったが、公平無私な流派の運営と、自らの技術や知識を弟子たちに丁寧に啓蒙していくことで、派内の人望を掌握し、対外的にも、他流派との折衝を円滑に行うことで、『早水流、未だ倒れず』を印象付けた。また、早水流の代表が代々『麗京』を襲名する形式を提案したのも、この二代目である。こうして初代を失ったことで発生したごたごたや、決まりごとの整備を行った後、二代目は形の上ではあっさりと身を引いた。
 早水流の中興の祖といわれる三代目の船出は、決して順調とは言えなかった。代表の選出でもぎりぎりの得票であり、さらに親の七光りと散々揶揄されていたこともあって、常にクーデターの脅威に晒されていた。この問題を解消したのは、先代である二代目であった。彼の真の目論見は、早水流に院政を敷くことだったのである。
 この院政によって、早水流は短期間で強固に安定した。舞台には早水流の黒衣や後見がひっきりなしに上がり、流派の門を叩く者も激増した。一時期は役者志望の者よりも多かった、という声も出るほどであった。
 三代目の長所は、忍耐力と補佐力であった。彼は、どんな事にもひたすら耐え忍ぶ。どんな理不尽なことも、一度は受け入れてから動く。その行動は一見鈍重に見えるが、時が経てば経つほど鋭い刃になっていく。いつしか、三代目として人望を集め、二代目が亡くなった後も、安定した派の運営を行うことができる能力を獲得していたのである。その一方で、補佐とは他人を助ける能力のことである。黒衣や後見を生業とするには必須の能力。三代目は、この能力を黒衣や後見だけでなく、弟子たちや他派閥たちにも適用した。弟子たちのどんな些細な質問や困りごとにも彼は耳を傾け、他派閥の問題も、要請されれば可能な限り、知恵を絞って提案した。そして、最終的に『早水流の全ては、全ての流派の為に』というスローガンを打ち立てるに至ったのである。
 三代目について、こんな逸話がある。とある流派の若手役者が、「黒衣の腕が悪いから自分の芝居が引き立たないのだ」と言い出したことがあった。その言に困った流派の代表が、三代目に相談すると、この当代随一の黒衣は、「私で良ければ、一つやってみましょう」といとも簡単にその役者の黒衣を引き受けた。その後、結局三代目に萎縮して上手く芝居ができなかった役者は、三代目に謝りにいく。すると、それよりも先に三代目が役者の部屋に現われ、「私の拙さゆえ、恥をかかせてしまった。ご容赦願いたい」と頭を深々と下げて言っていた。役者は、このような偉大な黒衣ですら、自身の研鑽を怠らないことに恥じ入り、黒衣を悪く言うのを止め、稽古に励むようになったと言う。
 前述のスローガンは、歌舞伎の世界以外にも広く好意的に受け止められ、迎え入れられた。こうして、早水流は世間の知名度も向上し、歌舞伎界内部でも一定の支持を得るようになったのである。
 三代目以降の早水流の歴史は、一言で言えば保守と革新の繰り返しと言える。野心を持った代表が、大きな派閥の役者から黒衣の仕事を取り付けようと躍起になったり、早水流の黒衣と後見だけで芝居を興行しようと目論んだりする革新派と、そのおかげで財政危機になった流派の存続を図り、財政を引き締めることで組織の結束と安定を図る保守派が、概ね交互に代表を務めてきたのである。


作品名:跡始末 作家名:六色塔