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跡始末

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2:黎明期



 この黒衣や後見という役割には、歌舞伎の長い歴史において流派など存在しなかった。せいぜい、名跡を継いだ大物役者が、阿吽の呼吸を理解する黒衣専用の弟子を数人用意した、という逸話がいくらかあるくらいだった。
 しかし、役者を助けるという重要な役割を担う黒衣が、下働きの一つとして、所謂修行中の弟子が行う仕事であると軽々に扱われるのはおかしい。黒衣には黒衣の流儀があり、黒衣のエキスパートも当然存在してよい筈だ。そう考えたのが、初代の早水 麗京だったのである。黒衣は、役者の弟子が務めるのが慣例であり、その者は将来、役者業を主とすることになるわけだが、初代麗京は、そのような形式を否定し、黒衣や後見はその仕事を、生涯全うするべきだと考えたのである。
 初代は、黒衣のための流派を立ち上げるため、周囲の猛反対を押し切って当時所属していた流派を脱退した。この行動によって、彼は自身の役者の道を泣く泣く閉ざさざるを得なかった。
 元々、初代麗京の所属していた流派は、小さい流派であった。そこに何の後ろ盾も無く加入し、満足な準備もせず飛び出してしまったこの理想に燃えた青年は、古い業界のしきたりや、改革を求める若い勢力のドラスティックな圧力、マスコミの無慈悲な報道、無理解な者たちの容赦ない罵声といった様々な軋轢から、流派を立ち上げるための知識や金銭、時間の不足といったことまで、ありとあらゆる辛酸を舐めざるを得なかった。
 なんとか、慎重に慎重を期し、多大な年月をかけて早水流を立ち上げることに成功した初代麗京だったが、苦難はまだまだ彼に降り注ぎ続けた。最初の問題は、舞台で演じる役者たちから噴き出した。まず、役者と黒衣の間に必要なのは、何よりも信頼関係である。失敗の許されない舞台において、大切な黒衣の役割を、他流派の見知らぬ人間に任せることなどできぬというのである。第二に、黒衣の役割は、単に黒衣の役割を全うすれば良いというものではない。これも一つの大切な修行なのだ。師匠の舞台での動きを見て盗むことで、弟子たちは成長していくものだと言うのである。
 この指摘は、歌舞伎界全体の同意を形成するのに十分すぎる説得力を持って迎えられた。これによって、早水流は出鼻を挫かれ、暫くの間早水流に属する者への舞台の依頼はなく、所謂『干される』状態が続くことを余儀なくされた。
 初代麗京は、この指摘に対して、弱々しいながらも反論を試みた。彼曰く。では、私たち歌舞伎の舞台に上がる者は、一度も失敗をしたことなど無かったのか? そもそも人間は、失敗をする生き物ではないのか。信頼関係がどんなにあろうとも、失敗は起こるものである。そして、そのような失敗が生じたときに、どのようにフォローをするべきか、我々早水流は、黒衣として舞台に望む誰もが万全のフォローを可能にするべく技術の継承を行っていくものである。言い換えれば、黒衣の全体的な質の向上によって、役者の皆様の信頼を得ていこう、そう考えているのである。また、ある役者に対して、我が流派が選任の黒衣を付けることは、当流派としても全く吝かではない。信頼関係が必要と言う点については、こういった形で解決することができると信ずるものである。また、黒衣の役割が修行であるという指摘については、黒衣の役割を経なければ、修行にならないのかと逆に疑問を呈したい。黒衣の役割をこなす時間を利用して、稽古をすることも可能であれば、舞台裏や客席で十分に師匠の技を見て盗むことも可能ではないだろうか。換言すれば、我々早水流が黒衣の技を継承することで、役者は黒衣に扮するための時間を、稽古や師匠の技を盗むことに専心できるのである。
 この反論を、大多数の流派は一顧だにしなかった。だが、弟子の絶対数が少ないという理由もあったのか、いくつかの小流派がこの反論に理解を示し、あくまで試験的だが早水の黒衣や後見を舞台に上げるようになった。
 舞台に上がれるようになり、何とか早水流は一息吐くことができた。だがこの頃、早水流の内部では大きな激震が走っていた。初代麗京の片腕として、常に縁の下で支えてきた盟友、早水 新五郎が流派離脱を願い出たのである。
 新五郎は、最初こそ初代麗京と違う流派であったが、初代の考えに共鳴し、自らも流派を飛び出していた。それ以降、初代と行動を共にし続けた、いわば苦楽を共にしてきた男であった。新五郎は、流派が立ち上がり、ある程度舞台にも立てるようになり、早水流が一定の価値を置き始めたこと。そういった状況の中で、年配の自分は一線を引き、後進が活躍すべき土壌を築くべきだと思ったこと。この二点を離脱の理由に挙げている。
 初代麗京は、この願いを快く受け入れた。様々な雑事に奔走する初代にとって、留守居として、安心して背中を任せられる人材であった新五郎を失うのは痛かったと思われるが、それでも気持ちよく送り出したと伝わっている。
 なお、余談だが新五郎は、以前の流派に戻り役者として華々しく活躍した。だが、早水流の黒衣や後見を舞台に上げることは一切無かったという。初代のやり方に異論があったのか、他の理由があったのかは定かではない。
 新五郎が離脱した辺りから、早水流は人材難が顕著になってきていた。第一に、早水流を立ち上げた時点で、最年長の麗京が三十半ば。平均年齢が低く、その分経験も足りない状況だった。次に、新たな人材の確保に難があった。一口に言えば、みんな黒衣ではなく役者になりたいのである。この頃、黒衣専門の流派に入ろうとする者は、年に何人も居なかったと伝えられている。最後、早水流に属していた者も、役者として表に出たいと考え直すものが少なからずいた。そういった者の中でも優秀な者は、他流派へと引き抜かれていってしまう。もしかしたら、新五郎も、そのような者の一人だったのかもしれない。
 人が減ればどうなるか。舞台に上がる人数が減る。舞台に上がる人数が減ればどうなるか。財政が潤わなくなる。早水流の威信も当然の如く下がっていく。そうなれば、忠誠を誓っていた弟子たちも一人二人と去っていく。何もかもが失われていく悪循環の中で、最悪の事態が起こった。
 様々な苦労の中で心労が祟ったのだろうか、初代麗京が病を得て倒れてしまったのである。彼の病状は、瞬く間に悪化した。そして、早水流の隆盛を弟子に託し、志半ばでこの世を去ることとなった。


作品名:跡始末 作家名:六色塔