跡始末
1:早水流
澄み渡る青空の下、森閑とした街並みに一軒の古風な屋敷が密やかに佇んでいた。
凍てつく様な寒さの中、庭の枯れ木に止まる一羽の雀が、小さな羽ばたき音を立てて飛び去っていく。木枯らしが吹き荒び、庭に舞い落ちた幾枚かの落ち葉を巻き上げては浚っていく。後に残るは静寂のみ。
そんな初冬の朝。この家の主である早水流の十二代目、早水 麗京(はやみず れいきょう)は、既に今際の際にあった。
早水流とは、歌舞伎の一流派だが、他の流派と大きく一線を画している点がある。この流派は、歌舞伎の世界で唯一、黒衣(くろご)や後見を専門とする流派だというのがそれである。
黒衣━━世間的には黒子と言った方が通りは良いだろうか。顔を黒の紗で隠し、黒尽くめの衣装に身を包んで、舞台上で役者を助けたり、雑用を行ったりする役割を担う者。いわば表に出ている裏方のようなものである。歌舞伎の世界では、暗黙の了解が存在し、彼らはどんなに目立とうとも『見えない』事になっている。一方、黒尽くめでない場合は後見と呼ばれ、こちらはいざというときに役者の代役を務めることができるよう、衣装を身につけて舞台に立つ。
早水流は、舞台の花形である役者ではなく、陰日向になって舞台を切り盛りする、上記の者たちの技を確立、継承するために創られた流派なのである。