58の幻夢
53.珍味
もう、うんざりだ。
何もわかってないくせに、やたら現場に首を突っ込みたがる。そんな上司がバカで仕方がない。
ろくに勉強もしないくせに、サボる事にかけては一丁前。そんな部下も無能で仕方がない。
いい加減、やっていられない。だから、珍しいものでも喰おうと思い、山奥にやってきた。
けもの道をかきわけ進んでいくと、一匹のサルが現れる。こんなすぐに会えるとは思わなかった。
「なあ、猿酒を少しくれないか」
木の洞などに猿が溜め込んだ果実が醗酵してできた、いわゆる猿酒は超美味いのだ。
「ええ、いいですよ。こっちです」
サルは近くの大木まで来ると、頭上にある木の洞を指差した。
「あそこです。さあどうぞ」
「ありがとう。じゃ遠慮なく」
そう言って大木に登り、水筒にたっぷり液体をよそう。
「最近、若いサルの酒離れが進んでまして」
「ほう」
「うちのボスも、まとめるの苦労してんすよ」
「大変なんだね」
「意見聞こうと飲み会開くんすけど、肝心の若いのが来やしない」
口調がエスカレートしていく。
「おかげでボス、毎日のようにやけ酒飲んで二日酔いになっちゃって。で、翌日また若いのから信用を失う。この繰り返しなんですわ。でも、こんなボスでもちゃんと立てなきゃいけないんすよ……」
長くなりそうだったので、適当にお礼を言ってその場を切り上げた。
お次は、上空を高く高く飛んでいるミサゴに声をかける。
「おーい。ミサゴ鮨をくれないかー」
ミサゴが食糧難に備えて貯蔵しておいた魚が醗酵したミサゴ鮨、これも非常に美味なのだ。
「おぅ、ミサゴ鮨ならそこの岩穴にあっから。好きなだけ持っていきな」
ややあって目的の岩穴に辿りつくと、ミサゴはいつの間にかすぐ傍にいた。
「実はな、もう鮨を作れる奴、俺しかいねえんだわ」
「ええ? まずいじゃないか」
「でも、もう誰もミサゴ鮨なんか喰わねえ。ここ数百年誰も、な」
「……そうなのか」
「一応弟子もいるんだが、どいつもこいつも腐らしちまいやがんだ。だから、そこにある分でもうおしまい。ま、これも俺が弟子を育てなかったツケだわな」
そう言うとミサゴは、何かを吹っ切るような声で言葉を繋ぐ。
「これからはミサゴ鮨じゃなくて、モズんとこの速贄でも喰らってくんな」
速贄は主に昆虫か爬虫類だから、我々人間が食べるにはちょっと厳しいと思ったが、心の中にしまっておいた。
こうして珍しい酒肴は得られたが、なんとも身につまされる気分で、食欲はすっかり失せていた。