58の幻夢
54.冬のサイダー
サイダーといえば、夏の飲み物だと思っていた。
日差しが照りつける酷暑の中、部活帰りの高校生が、炭酸の刺激にも負けず一気にゴクゴクとノドを鳴らして飲み干すもんだと思っていたんだ、彼女に出会うまでは。
その日は、まだまだ寒い大学受験の合格発表日。俺は、今日の結果次第で浪人になるかどうかが決まるという厳しい状況だった。胃が痛くなるような心持ちで、一つ一つ丹念に掲示板の番号を確認していく。そして、次は俺の番号という箇所で、俺のそれより数が大きい番号が飛び込んできた。
俺はため息をついて肩を落とす。もうへたり込みたい。だが、それはみっともないので何とか堪える。なんとか面を上げたとき、そこに俺と同じように落ち込んでいる彼女がいた。
俺たちは、どちらからともなく声をかけていた。そして、場所を変えて近くの公園でお互いの境遇を打ち明けた。彼女も俺と同様、地方から出てきて、この大学が第一志望で、この試験結果で今年の受験が終わってしまい、これから浪人として一年頑張って……。
俺たちは意気投合し、来年合格しての再会を約束した。そして、この出会いを記念して祝杯を上げることにした。でも、お互い一年は浪人なので、ささやかに自動販売機のジュースで乾杯した。彼女は俺の分と合わせて二本、季節外れのサイダーを買う。乾杯後、なんでサイダーなのか聞くと『ん? そんな気分だったから』と答えて、彼女ははにかんだ。
翌日から俺は勉学に励んだ。その間、彼女に連絡しなかった。連絡先は交換したが、連絡したり会ったりしてしまうと、合格の願掛けが叶わない気がしたから。全ては合格発表の日、そこで二人共合格して再会する。その一心で俺は参考書と向かい合った。
翌年の合格発表の日。俺は自分の受験番号が掲示板に載っていることを確認し、あの公園で彼女を待った。そのときの俺は、もう合格とかどうでも良くて、ひたすら彼女と会いたいだけだった。だが、待てど暮らせど彼女は来ない。仕方なく、彼女の連絡先に電話する。
受話器からは彼女の声が聴こえることはなく、ただ不通音だけが鳴り響いていた。
最近、冬季限定のサイダーなんか見たりすると、フッと彼女の面影を想いだす。俺はもう腹の出たおっさんになり、肥満や糖尿を気にしてサイダーなんて口にしない。でも、彼女がこの公園にひょっこりサイダーを持って現れたら、そのときだけは一杯付き合おう、そう思っているんだ。
……なんだよ。何か言いたいようだな。え? 「それ、騙されたんだよ」って? 全く、そういうのを野暮って言うんだよ。
俺が浪人してまで入った大学を中退して、以降パッとしない人生を歩んでいるのはお前も知ってるだろう? この話はそんなギリギリな俺の小さな心の支えなのさ。その裏にある真実なんかどうでもいいんだよ。こんな小さなエピソードでも胸に刻み込んでいれば、人は生きていける。そういうことが言いたいのさ。