58の幻夢
3.刃の下で
ああ、やっぱり君か。大きくなったなあ。そうか、あの時の復讐なんだね。確かに君の父さんには、申し訳ない事をしたからな。
「あの時、父さんから奪った地位と財産で幸せだっただろう」って? ああ。会長の座には登り詰めたよ。だが景気は悪くなる一方で、ずっと経営責任を問われ続ける日々だった。
少し前に子会社を潰した時だって、何百人って従業員が怖い目で見てくるんだ。路頭に迷って一家心中した者もいた。偉くなんかならなきゃ良かったよ。
今も、お客様のクレーム対応の件で炎上して、対応に追われている。株主総会で散々それを指摘されるし、取締役会では社長派の突き上げが酷いしでね。どちらにしても、私は近々解任される身だった。
財産は、前妻の激しい浪費癖ですぐに無くなった。そして財産が尽きた途端、前妻は交通事故でお陀仏だ。結局、私の自由になる財産なんざ殆ど無かったよ。
「愛している娘を殺してやった」だって? うん、愛していたさ。でも遺体の確認で行ったDNA鑑定で、私の子ではない事がわかってね。そうしたら、あんな惨い殺され方をしたのに、涙の一つも出なくなった。
あいつを産んだ後妻は、父が違う事が露見してすぐ自殺した。世間は、復讐鬼である君に惨殺される事を恐れての自殺、と言っているがね。
しかし、前妻といい後妻といい、私はつくづく女を見る目がなかった。……いや、君に愚痴を言っても仕方がないか。
「自分の命があるだけマシだろう」か。実はね、私の命ももう長くないんだ。医師曰く薬が効かない奇病で、死ぬ以上にこれから苦しくなるようだ。診断書は弁護士が持っている。警察にも伝えたし、数日中に報道もされるはずだ。
ところで、この上のものは刃物……かな。こいつが少しずつ下りてきて、最期に私は切り裂かれるって寸法だね。昔、小説で読んだ事があるよ。こんな大掛かりな装置を拵えるのは、時間も金もかかっただろう? でも仕方ないか。復讐だし、恐怖を煽る必要もあったのだろうね。
先にも言ったが、もう長くない上に楽に死ぬのは難しい体だ。君の期待通り、迫りくる死に怯えられるかどうかはわからない。
こんな私に色々と手間をかけさせてしまって、本当に済まなかったね。……さあ、警察に踏み込まれちゃ君も都合が悪いだろう。早いとこやってしまおうか。
男は話し疲れたのだろうか、大きく息を吐いて目を閉じた。
傍らで話を聞いていた男は、困惑しきった表情でいつまでも立ち尽くしていた。