58の幻夢
11.蹴り上げ祭
この村の奇祭、蹴り上げ祭。「ミス蹴り上げ」を選定し、指定文化財の墓石をその女性が蹴り上げるというこの祭には、以下のような言い伝えがある。
時は安永の頃。この村に、作兵衛という男が住んでいた。作兵衛は一人で細々と暮らしていたが、無口で陰気な性格のせいか、村人はあまり彼に近寄らなかった。だが、村の庄屋の娘であるお染とその仲間達は、作兵衛の元を足繁く訪れ、殴る蹴る、着物を破く、肥をぶっかけるなどといった行為で、作兵衛を苛んでいた。
ある日の事。物見遊山へ出たお染以外の顔ぶれで、今日も仲間達は作兵衛を苛めていた。ところが、どうも拳の打ち所が悪かったらしく、作兵衛は突然倒れて動かなくなった。始めは冗談だと思った仲間達も、いつまでも起きあがらないので動揺し始め、しまいには先を争って逃げ出してしまった。
仲間達は、帰ってきたお染にこの事を話した。普段、お染は率先して作兵衛を苛めていたので一笑に付すかと思ったが、意外にも激怒した。そして仲間達に「金輪際縁を切る」と言い捨てて、立ち去った。
家に帰ったお染は、父に直談判する。「作兵衛が死にました。私はその場に居ませんでしたが、私が殺したようなものです。私の嫁入りのお金で、墓を建てさせてください。私は尼となり、終生作兵衛を弔います」
庄屋である父は一喝した。
「そんな男なんぞ知らん。それにお前にはいい婿を捜しておる。尼などとぬかすでない」
結局、作兵衛の屍は打ち捨てられ、お染も引き下がるしかなかった。
その頃から、村に異変が起きはじめた。近隣の山が噴火し、土砂崩れが起こる。日照りが延々と続き、田畑は枯れ果て、その結果飢饉が起こる。次々に降りかかってくる未曾有の厄災を、村人たちは作兵衛の祟りだと噂しはじめた。
庄屋は狼狽えた。厄災は無論恐ろしい。しかしそれ以上に、厄災を招いたのが自分ならば、庄屋の座が危うい。庄屋は慌てて墓を建て、作兵衛を手厚く供養した。だがそれでも厄災は治まらない。むしろ酷くなっていく一方だった。
止まぬ厄災に業を煮やしたのは、お染である。お染は作兵衛の墓を訪れると、経を読んだのち、墓石を蹴り上げ言い放つ。
「あんた、いい加減におし」
墓石がぐらりと傾いて元に戻った瞬間、厄災は嘘のように消え失せた。
その後、父を説き伏せお染は落髪した。
作兵衛の墓の傍らに庵を構えたお染は、毎日墓を拝んでは冥福を祈り、厄災の度に墓を蹴り上げては村を守り続けたという。