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58の幻夢

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12.犍陀多後談



 蜘蛛の糸が切れ、犍陀多は再び血の池に墜ちました。池の底に頭を打った犍陀多は、朦朧とした意識で考えます、「これからどうしようか」と。
「現世での善行は蜘蛛を助けた事だけ。その報いも潰えた。もう極楽へは行けない」
厳然たる事実が犍陀多を襲います。
「でも、本当に極楽へ行きたかったのか? 辛い地獄を抜け出したかっただけじゃないのか?」
 血の赤みが、緩やかに薄くなっていきます。水面もとい血面まで、もう少しです。
「じゃあ、辛くない地獄だったら? 地獄が面白かったら?」
ついに犍陀多は道を見出します。
「よし、地獄を変えてやろう」
血の池から顔を出した犍陀多は、にっこりと笑ったのでした。

 それから、犍陀多の地獄を変えていく生活が始まりました。まず、地獄を明るくする為に灯りを要求します。この提案を、最初閻魔様は訝しがりましたが、いざ導入してみると、老眼の鬼達から大層感謝されました。この事を皮切りに、犍陀多は様々な提案で、地獄を変革していきます。
 またある時、犍陀多は腰痛の鬼に出会いました。犍陀多は按摩の罪人に教わり、その鬼に指圧を施します。鬼はとても喜び、責苦を手加減してやると約束してくれたのです。さらに、犍陀多が体を揉んでくれると噂になり、他の鬼も指圧を頼むようになったのです。
 指圧をしていれば、当然世間話の一つもします。強面の鬼達も、悩みは抱えているものです。女鬼にもてたいとか、給料が少ないとか、嫁と喧嘩したとか、鬼の悩みも人間とよく似ています。大泥棒で人生経験も豊富だった犍陀多は、こういう相談にも適任です。すると、揉まなくても良いから話だけ聞いてくれ、という鬼が現れ、終には閻魔様までお忍びで相談するようになっていました。
 こうなると、極楽にも犍陀多の話題が届きます。御噂を耳にした御釈迦様は、犍陀多を改めて極楽に迎えてやりたいと思し召されました。そこで、閻魔様に直接お会いして、犍陀多の処遇を協議されたのです。
 しかし、閻魔様も譲れません。様々な提案で地獄を改善し、指圧や相談で鬼を癒す犍陀多無しでは、もう地獄は成り立たないのです。しかも閻魔様自身、重大な秘密を犍陀多に相談しています。これが公になっては地獄の王を罷免されるでしょう。話は平行線を辿り、時間だけが虚しく過ぎて行くのでした。

 そんな事とは露知らず、今日も犍陀多は、地獄を改善し鬼を癒した後、血の池に浸かり「あ~、極楽、極楽」と声をあげるのでした。


作品名:58の幻夢 作家名:六色塔