58の幻夢
10.謀
私の医院に、耕蔵が運ばれてきた。
耕蔵は村のならず者で、金品を奪う、田畑を荒らす、家畜を殺すなどの乱暴狼藉を働くため、村人たちから恐れられている事は、噂に聞いていた。看護師から、胸元に銃弾を受けたという報告と、胸部のレントゲン写真とを受け取り、最低限の処置を済ませて診察室を出る。
「先生、あいつは、耕蔵は……」
診察室の前は村人で溢れ返っていた。その先頭に立つ村の顔役の宗二が、神妙な顔つきで容態を聞いてくる。
「命に別状はありません。手術して数日で退院できますよ」
予想はしていたが、宗二や村人たちは、ガックリと項垂れた。
「……それでは、失礼致します」
立ち去る私を、村人たちが呼び止め、宗二が思い詰めた顔つきで叫ぶ。
「先生! みんなあいつにやられたんじゃ。達吉の畑は使いもんにならねえ、正雄は家畜を皆やられっちまった、それに、わしの娘の文子はあいつに手籠めにされて首括っちまった、それに、それに……」
「……それで、私に手術をやめろとでもおっしゃるのですか?」
宗二の叫びを遮った私の言葉に、村人たちの動きも止まる。私は続けた。
「お気持ちは本当に良くわかります。しかし、私は医者です。助けられる患者は助けなければなりません。それがたとえ、皆さんが快く思っていない方だとしても、です」
宗二は膝から崩れ落ち、大声で泣き喚きながら、床に拳を何度も打ちつけた。
手術は無事に終わり、耕蔵の退院の日になった。私は診察室の窓から空を眺めていたが、耕蔵が退院すると聞き、医院の玄関先へと足を運ぶ。
「おぅ、医者。どこかにいい隠れ家はねえか?」
運ばれてきた時も、頑なに離さなかった猟銃と弾薬箱を抱え、耕蔵は私に問いかける。おそらく、村人たちの襲撃を警戒して、隠れ家を変えるのだろう。
「……確か、大灯山の頂上にほら穴がありました。あの正面の山ですね」
「奴等にばらすんじゃねえぞ」
耕蔵はそれだけを言い残し、礼も言わず立ち去った。
診察室に戻り、再び空を眺めながら考えていた。私は隠れ家になるような場所を問われ、それに答えただけだ。仮に耕蔵がその場所に行き、そこで「何か」に偶然遭遇したとしても、私には関係ない。そして、雲の動きを見るかぎり、今夜からこの辺り一帯は雷雨になるだろう。その雷雨の中、高所ではげ山の大灯山に、金属製の長い物――例えば猟銃のような、を持った男が居たら……。
後日、大灯山の頂上で、焼け焦げた耕蔵の遺体が発見された。