58の幻夢
24.プレゼント
家のドアを開けると、部屋に見知らぬ男がいた。
大きな袋を担いだ、赤と白のダボダボ服。時期的にも恐らく『あいつ』だろう。だが、ヒゲはないし話ほど老いているようにも見えない。むしろ俺より若く見える。
「ちっす。親父が定年なんで、今年から俺が後継いでやらせてもらってまぁす」
男はそう言って、担いでいた袋を俺の前にぶん投げた。あの仕事にも定年があるんだな、と思いつつ袋に目を落とした瞬間、俺は凍りついた。
「んぐぅ、むぅう」
袋から、うめき声が漏れているのだ。俺は、慌てて袋を抱きかかえ中身を引っ張り出す。傷や痣でパッと見よくわからなかったが、行きつけのキャバクラのナナミがそこにいた。
「こいつ、いくら貢いでもヤらせねぇからムカつくって、言ってましたよね?」
男はそう言いながら部屋を歩き、俺の背後に回りこんでドアに鍵をかけた。
「つうわけで、いい子にしてた兄さんへのプレゼントっす。後の事は俺が万事引き受けますんで、煮るなり焼くなり犯すなり切り刻むなり、お好きにどぞっ」
トンッと男に背中を押されて、俺はナナミと至近距離で見つめ合う。猿ぐつわのせいで話せないナナミは、涙が滴る目で必死に助けを乞うてくる。右目の青タンがひどく痛々しいが、いつもの愛くるしい瞳だ。確かにこの女には腹が立っている。が、何もここまでするこたぁない。俺は男に話しかけた。
「なあ、十分反省してるだろ。もうやめよう」
「へ? ここまで来てやめるんすか?」
男は、こちらを嘲笑うような表情で思案する。
「んー。やめてもいいんすけど、こいつサツにチクりますよ?」
俺は思わずナナミの方へ目を向ける。ナナミは、ちぎれんばかりに首をぶんぶん振って否定した。
「それに、こいつ手足の腱切っちまいましたから。今から病院担ぎこんでも、厳しいんじゃないっすかねぇ」
顔から血の気が引いていく。
「ああ、仮にこの女が黙ってても、サツが嗅ぎつけたら、兄さんの仕業ってことになるでしょうね。フィンランドの紅白男がやりましたっつっても、誰も信じないっしょ」
何かがプツンと切れた。
「おっ、やる気になりやしたね。うっひょお、良い蹴り入ったぁ。おわぁ、今の肋骨イったんじゃないっすかぁ。ひゃっひゃっひゃっひゃ……」
……数時間後、男は『プレゼント』入りの袋を担いで言った。
「じゃ、兄さん。いい子にしてたら来年も来ますんで」
これから俺は、いい子でいればいいのだろうか、悪い子でいればいいのだろうか?