58の幻夢
25.引っ越し
引っ越しをする事にした。
そこは、間取りも良くて、家賃も手ごろで、会社へのアクセスもそれほど悪くない物件だった。不動産屋さんと内見に来たときも、なんというか不思議な居心地の良さがあった。いくつかに絞った候補の中でも、こんなに良い物件は見当たらない。僕は大喜びで契約をして、入居日を指折り数えて待っていた。
待ちに待った入居日。
たくさんのダンボール箱を開封し、居心地の良い部屋をさらに自分色に染め上げていく。この地でどんな事が起こるだろうか、どんな人に出会うだろうか。期待と不安が入り混じる中で、荷物の整理を着々と進めていった。
片付けが一段落して、日常生活を送れる目処がついたので、お隣さんへ挨拶をする事にした。僕は、熨斗を巻いたタオルを片手に隣室を訪れる。インターフォンでの短いやり取りの後、女性が静かに扉を開けた。とてもキレイな人だ。寝不足で疲れているのか、やややつれ気味なのが気になるけど。僕はちょっとドキドキしながら、隣に引っ越してきた事を伝え、タオルを渡した。女性はタオルを受け取った後、しばし思案する。そして少し待つように言い残して場を離れ、数分後に結構な大きさの植木鉢を持ってきた。
「これ、観葉植物なんだけど。わりと育てるの簡単だし、良かったら」
お礼を言って自室に戻り、もらった植木鉢を部屋の隅に置く。とても爽快な気分だ。鉢をくれるような親切でキレイな女性がお隣で良かったし、植木鉢もこの部屋にピッタリだ。こんなに幸先がいいスタートなのだから、きっとここでは楽しい生活ができるんじゃないか。
それから二週間ほど経ったある日。
世間を騒がせている殺人事件の容疑者が逮捕された、というニュースがあった。容疑者は男性を刺殺した後、五体をバラバラにしてそれぞれ隠したとの事。容疑者は逮捕後、遺体の隠し場所の大半を自供したが、頭部の在り処は頑なに話さないとの事。僕がニュースを見てわかったのは上記の事と、この容疑者というのがあの隣室のキレイな女性だという事だけだった。
「人は見かけによらないなぁ」
僕はそう呟いてテレビを消す。ふと、あの女性からもらった、部屋の隅の植木鉢が目に入る。
“頭部の在り処は頑なに話さない……”。
突如、恐ろしい妄想が頭をもたげ始める。背筋に氷が入るような感触。僕は植木鉢の苗木を引き抜き、逆さにして土を掻き出した。
ゴトンという音と共に落ちてきたそれは、虚ろな目でこちらを見つめていた。