58の幻夢
26.神童の独白
誰もが寝静まった夜。勉強の手を休めて、窓の外に目を向ける。瞬く星を眺めながら、彼の事を思い出す。
率直に言えば、彼の評判は悪い。成績は芳しくないし、遅刻や居眠りなども多い。身体能力に秀でるわけでもなく、容姿も人並みだ。せいぜい僕の知る彼の長所は、心優しい性格、あやとり、銃撃能力ぐらいか。あと、同居している猫型ロボット。でも、これは彼自身の長所ではないな。
そんな彼を僕は一目置いている。それどころか、無限の可能性すら感じている。
彼はいつも惨めな思いをしている。それは確かだ。彼は幾度、歌唱力に難のある大柄な友人に、ぶん殴られた事だろう。彼は幾度、奇抜な髪型の小柄な友人に、仲間外れにされた事だろう。彼は幾度、家計簿の赤字を嘆く母に、小遣いを減らされた事だろう。彼は幾度、宿題を大量に出す教師に、廊下に立てと言われた事だろう。普通なら引きこもってもおかしくない。でも彼は怯まない。時々逃げだす事はあっても、ちゃんと学校や空き地に行き、家へ帰っていく。能天気なだけという指摘もあるかもしれない。でも、僕は彼を尊敬に値する男だと思う。
彼の能力の低さも認めざるをえないだろう。だが、できない事は絶望ではない。希望だ。できない人は、「できない」を熟知している。そして、できるようになる事で「できる」をも理解するのだ。
できすぎる人は、どう足掻いても「できない」立場には立てない。知識としては得られても、体験は不可能なのだ。野球などでしばしば名選手が名監督になれないのは、恐らくこういう事なんだろう。
彼は、一見何の成長もない日々を送っている。だが僕は、彼とその友人たちの冒険譚を山ほど聴いている。恐竜と旅をしたり、海底に潜ったり、雲の上へ行ったり……。彼らは、それらの冒険で色々な「できない」を「できる」に変えていく。それは、普通の小学生には到底体験できない密度だろう。だからこそ僕は、彼らの中心人物である彼を評価している。もしかしたら、近い将来僕など足元にも及ばない人になっている気さえしているのだ。
僕は、とある女子に好意を持っている。彼が、彼女に同様の想いを抱いているのもわかっている。彼女がどうするかまではわからない。が、なんとなくもう結果は見えている気がする。けれど、僕はできすぎる人として、誇りを持ってその結果を受け入れてみせる。そして、その時が来たら二人を祝福しようと思うんだ。
さあ、また勉強に戻ろうか。