58の幻夢
39.夕立
学校での部活動を終えて、家へ帰る途中の事だった。
先程まで蒸し暑かった陽気が、にわかにどんよりとし始める。遠くの空から、濃いねずみ色の雲が勢い良く近づいてくる。あれ程五月蝿かったセミの鳴き声は、すっかり影を潜めている。見上げた頬にぽたりと水滴が当たり、すぐさま路面が黒く染まりだす。ありがちな夏の日の夕立。
どうしよう。家までまだ距離があるし、傘を買うのは痛い出費だ。一瞬困り果てたが、丁度この先の角を曲がった所に、雨露をしのげる軒先があるのを思い出した。そこでしばらく雨宿りをしよう。どうせ夕立だ、すぐに止むだろうし。
角を曲がると、目的の軒先に人影が見えた。近づくに従い、人影の正体が露わになっていく。同じ学校の制服、同じ学年を示す深緑色のネクタイ。顔が見えてやっと、同じクラスの日比野だという事がわかった。
計算外の先客に、このまま通り過ぎてしまおうかと考えた。だが、ここまできてずぶ濡れで通り過ぎるのは、逆に意識している事が丸わかりだ。仕方なく、おずおずとできるだけ彼女から離れた場所に入り込む。
「すごい雨だね」
「ああ」
相槌を打って、彼女を視界に入れた瞬間、息を呑んだ。
薄暗さと肌寒さのせいか、普段よりも白く見える肌。伏し目がちの目。襟首に艶かしく貼りついた後れ毛。背中に、うっすらと透けて見えている水色のライン。濡れて纏わりついたブラウスが、抱きしめたらくずおれそうな華奢な体を曝け出させる。スカートから滴り落ちる水滴すらも、何か官能的なものの隠喩のように感じていた。
僕は、彼女の「女子」の部分を垣間見てしまった背徳感と、その美しさに、圧倒されてしまっていた。そして、坊主頭でニキビ面で、汗と泥にまみれたユニフォームを持って帰っている「男子」の自分が、なんだかとても醜くて汚いもののように思えて仕方が無かった。
――気がつくと、夕立はあがっていた。
「じゃ、またね」
日比野は、そう言い残して立ち去った。